2005年10月アーカイブ

茶色のブーツ

user-pic
0

 心持台にもたれ、目線を遠くに投げ、口を結んだ龍馬のポーズはご存知だと思う。
桂浜に立つ龍馬像もそうだし、館でも人気のポスターがそのポーズである。
 右手は懐にあり、膨らんでいる。何か持っているのか、ただ、手を入れているだけか。
愛用のピストルを忍ばせている説も捨てたものではない。推理するのは、楽しいミステリーだ。
 こちらはそんな詮索は無用。
 袴の下に覗く、休めの姿勢の足先は、明らかに革靴である。それもブーツ。
“さむらいブーツ”。自然で、違和感がないのが、龍馬の龍馬たらんところだろう。
似合っている。
 企画展準備に追われていたその日、どさっと館長室に宅急便が届いた。
思い出した。先に、高知市で開かれた全国龍馬の集いで知り合った、長崎の靴屋さんから送られてきたものである。龍馬のブーツを制作しているという。そこで、一足送っていただいた。
 今、新品の茶色のブーツが、応接の机の上にある。デザインは悪くない。今からすぐに履いて街に出ても、おかしくはない。それより新品の皮の匂いがプンと新鮮である。
 説によると色々だが、龍馬がブーツを求めたのは、長崎らしい。確かに外国商社もあり、手に入れやすい環境にはあった。格好より、実利性を好む行動派の龍馬にすれば、ブーツは超便利な履物だったと言えるかも知れない。
 壁には、定番龍馬の写真が架かっている。古い写真は黄ばんでいるから、靴などちょうどの茶色である。
 卓上のそのブーツを見ていると、むらむらと自分用の一足を誂えたくなった。

国吉晶子展

user-pic
0

 龍馬記念館に、また一つ見所が出来る。
 現在、あまり利用されていない館の中2階のスペースを、ギャラリーとして活用しようという計画である。その空間の名称がまずできた。
「海の見える・ぎゃらりい」すぐ決まるほど、眺めがいいのだ。
あまり広くはないが、小品の展示なら問題ない。
これも、少ない地元入館者対策の一つでもある。
さて、トップバターは、先の現代美術の公募展「ジーンズファクトリー コンテンポラリー アートアワード2005」で、最高賞の「グランプリM賞」に輝いた、高知市の国吉晶子さん(26)にお願いすることにした。
館では、11月5日から「亀山社中と海援隊」の特別企画展を開催する。これは日本の夜明けを謳った龍馬の真骨頂。館を挙げての企画展であるのは言うまでもない。国吉さんの展覧会もこれに合せた。
作品の鮮やかな色つかいが、館の雰囲気をさらに盛り上げてくれると感じたからである。
「海の見える・ぎゃらりい」は躍動的な色彩の渦に、あふれるだろう。
あふれて、館を包んでしまうかも知れない。
仮に龍馬を意識してなくて入館した人も、龍馬に通じる何かを感じるかも知れない。
そんな期待感がある。
国吉さんは何回も“ぎゃらりい”の状態を確認した。持参のメジャーでパネルの空間も測定した。
うんうんと独りうなずいて
「大きい作品二つと、後は小品を持って来ます。頑張ります。」
言葉少ないが、やる気と感じた。

かえる

user-pic
0

 日常の生活の中で、積極的に何かを「かえる」という事をあまり行わない方だが、館の中では度々「かえる」を行う機会が訪れる。
例えば最近だと、企画展の看板を作りかえた。
と言っても、パソコンでA3用紙何枚にも分けて印刷し、適当なサイズに裁断してパウチした後、両面テープで貼り合わせただけの単純なものである。しかし、この「かえる」は意外に良い結果をもたらしているようだ。
今まで何度か再展示されている企画展「龍馬への入口」の看板はその度同じ物を使っていた。
その事を特に気にした事はなかったが、作りかえて初めて、沢山の人達が看板を見てくれている事に気付く事が出来た。
自分で作りかえた分、反応が気になっての事だろうが、看板の前で立ち止まり、会話をかわしている光景を何度か目にしていると、時には「かえる」という事も必要なんだと感じられた。今回の看板の仕上がり具合は、あまり満足の行くものではなかったが、今後も行っていくであろう「かえる」という作業をひとつひとつ大事にしていきたい。
 ちなみに現在も「かえる」を実行中。
まだまだ時間はかかりそうですが、今度はもう少し自分で満足できる物を仕上げるつもりです。
ホームページリニューアル、もうしばらくお待ち下さい。

チーズ

user-pic
0

 種崎側から桂浜側に「浦戸大橋」を車で上がる。
結構、角度のある坂になっている。弾みをつけて駆け上がる際にはいいが、スピードが落ちるとギアのダウンが必要になる。
前を車が走ると、坂がきついので、前方の視界は完全にさえぎられる。金魚のふん状態で、連なるわけだ。
 それが、橋の頂点に行きつくと同時に、一気に視界が開ける。
突然、大自然のパノラマに放り出されたかのごとき錯覚を覚える。その開放感。
 目線に海。晴れていようが、雨だろうが、台風でもすごい。
海と空を二分する青い帯び。くっきりの時もあれば、ぼやけている時、海、空溶け込んで不明の時もある。
好い、悪いはない。いつでも好いのである。
 今度は坂を下って行く。水平線はさらに長くなる。左カーブを切ると、晴れの日の東の海はきらきら光っている。ひとりでに深呼吸である。
 これが私の通勤路。まさに宝。一人占めの宝である。
先日、高知で「第17回全国龍馬ファンの集い」が開かれた。
参加するために来高した埼玉龍馬会のAさんが、龍馬記念館の屋上に上がってこう言った。
「素晴らしい。この海。この水平線。まさしく龍馬の海ですねえ。こんなところが職場でうらやましいですなあ」
腕いっぱい広げて、海を抱きしめた。
 同じ日、海をバックにセルフタイマーで自分の写真を熱心に写しているお年寄りがいた。
見ていると、「二人で写しましょう」と頼まれ、カメラの前に立った。
じいさんの右手が腰の当たりに巻かれたのにはちょっとびっくりだったが、吹きぬける風が心地いいので、じいさんの口調に合わせて「チーズ」と言った。

以蔵のピストル

user-pic
0

「人間、死ぬときゃあ、いやでも死ぬ。私しゃあ、これまでに3回命を捨てちょる」。
岡田義一さん(80)は、哲学者の顔である。
交通事故、病気。交通事故に遭った時は、70歳を越えていた。なんと十日間も意識不明だったそうだ。
戦時は航空隊に所属していた。出撃が決まって、家で最後の別れの休暇を過ごし、隊に戻る途中、列車が事故に遭った。出撃時刻に間に合わず、同僚は出撃していた。一人取り残された。生き延びた。
岡田さんの話しを聞いていると、人間の持つ運命の不思議さを改めて考えさせられる。
何より、岡田さんが幕末の孤剣の剣士、岡田以蔵の血筋に当たると聞くと、妙に納得してしまった。
香長平野、田園地帯の水路の多い一画に、岡田さんのお宅はあった。
風が岡田家の座敷を抜けて行く。ふすまを外せば40畳はあるだろう。大広間である。
座敷の南の庭は、築山になっていて、池には鯉が放たれている。
正直、岡田以蔵のゆかりのお家と聞いた時のイメージとは少し違っていた。
 しかも、岡田家に伝わる家宝を、拝見できる今日はチャンスなのである。
この家宝が、また、予測できない代物であった。
剣ではなくピストル。その意外性に裏をかかれた思いであった。箱に収まったピストルはフランス製、幕末風雲急を告げるその時代を、以蔵の懐で潜り抜けてきた。そう考え、目にし触れると、また新たな感慨である。
実は、このピストルを、11月12日、龍馬を巡る人々バスツアーで拝見できることになった。興味のある方は是非ツアーへ参加してください。お待ちしています。

 当館にはカルチャーサポーター(略してカルサポ)というボランティアの人たちが活動している。今年10月現在15名。カルサポなんて和製英語も甚だしいが、なんとも力強い、文化施設つまり当館の“応援団”である。
 そもそもボランティア(volunteer)の語源というのは、英語の志願兵(voluntary=自発的な、自ら進んでする)が一般的だが、ラテン語のボランテール(自由意志)から来ているとも言われる。つまり、強制されるのではなく、自ら進んで参加する、自分の意志で行動するということ。つまり、ボランティアとは主体的に動くことによって自分を高めていくことなのかもしれない。
 今、カルサポたちはかなり自発的に活動していると思う。一昨年度までの活動はさほど多くはなかったが、昨年以来、各種自主企画行事をはじめ、館内業務のお手伝いなどを年間を通じて行っている。しばらく誰も来ない日が続くとちょっと淋しいくらいだ。
 自分のやりたいこと・できること・具体的に何をするのか、などをワークショップを重ねて確認し、実際の活動の手応えや反省の中で、この1年半にずいぶん皆が成長した。…なんていうと人生の先輩方もいる中おこがましいが、担当者としては親心みたいな気持ちで、そう思う。
 「解説なんて難しい」というカルサポの中には、国立大学で史学を専攻し卒論は『土佐の郷士』なんていうK君や、龍馬が好きで京都・霊山歴史館で学芸員実習した中学教師もいる。だから私が「爪を隠し過ぎると詐称罪だよ」(笑)とからかったりしてしまうのだ。高校生から大学生になったカルサポもいる。脇をがっちり固めるかのように、楽しそうに労を惜しまず裏方仕事をしてくれる人生のベテランたちには、私自身が励まされている。
 博物館だ文化施設だという前に、いろいろな人の関わりの中で変化し成長していく場でありたい。

 『お墓参りは楽しい』(新井満著・朝日新聞社刊)という本が最近出版された。龍馬も含め、世界各地のお墓を回る新井氏は『千の風になって』以来、死者との対話の中に“生きる”ということを問うているように思える。悲しい時、辛い時、嬉しい時、心の内に問いかける相手は過去の自分や、今はいない人たちかもしれない。
 さて、身近にも「お墓は本であり、教科書なんですよ」「お墓めぐりは楽しい」という人がいる。当館カルチャーサポーター(ボランティア)の今久保さん。数年前に還暦を過ぎたらしいが、20代の頃からお墓を見ることを趣味にしているので、これは趣味を超えてライフワークとも言えるだろう。実に楽しそうにお墓の話をされる。お墓でその形や年代を読んでいると、その時代の人たちのことが鮮明に見えてくるらしい。
 私も仕事上、お墓めぐりをする機会ができた。実のところ、自分の所の墓参りもまじめにしていないので、心の片隅でちょっとご先祖に申し訳ないなという気持ちも持ちながら…。そして、確かにいろいろな家を訪問するように、いろいろなお墓があるものだと思うようになった。
 歴史愛好家の方の多くは、お墓めぐりが楽しいらしい。「きょうは絶好のお墓参り日和で…」という史跡めぐりをする龍馬会関係者の言葉に驚いたのは、昨年館に来た当時だっただろうか。今でも私は楽しいという心境には遠いが、お墓をめぐっているうちに学ぶことは確かにあるなと思う。
 春以降、今久保さんがリーダーになって、何度かカルチャーサポーターによる小さな歴史探訪ツアーを実施した。そこで、「企画展『亀山社中と海援隊』に向けて、海援隊士ゆかりの地をめぐる歴史探訪ツアーを計画しましょう」と持ちかけたところ、熱心に取り組み始めた。そんな中、「今度、岡田以蔵のピストルを見に行くんです」という話が出た。別の日、私も一緒に岡田家にお邪魔した。この話は別の項に譲ろう。

月別 アーカイブ

OpenID対応しています OpenIDについて

このアーカイブについて

このページには、2005年10月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2005年9月です。

次のアーカイブは2005年11月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。