2006年3月アーカイブ

桜花花

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 朝、辺りはしんとしている。日曜日など、一帯が眠りの底にあるようなのどかさである。
 時間にせかされて、門から一歩外に出る。道路にせり出した桜の枝が、ちょうど目の高さだ。七分咲きの桜花が気配で揺れる。ついでにふっと息を吹きかけてみる。びくともしない。新入生の制服に付いた桜のボタンみたいにりんとしている。まだまだ散るには時間があるぞ!そう意思表示している。
 中水道から桂浜行きのバスが出る堺町まで、約20分ほど歩く。気がつくとあちこちに桜である。地域によって開花に多少の差はあるが一斉に動き始めた自然の息遣いを感じて、足はひとりでに軽くなっていく。
 バスからの桜探しもいい。いや、探さなくても目線の中に飛び込んでくる。民家の庭、ちょっとした路地にも、鏡川の堤防沿いは満開が待ち遠しい。宇津野トンネルを抜けて浦戸湾沿いは、急に華やかに感じる。桜って多いなあが実感である。
 長浜、南海中学校前を通って、花街道へ。水平線に突き当たる。
 バスは、坂本龍馬記念館を進行方向左手に見ながら、急坂を登る。眼下に波が寄せる浜が開ける。坂本龍馬記念館前で下車する。ここから館まで歩いて2分。この2分がもったいないほどに貴重になる。一日分の心のゆとりを授けられた気になるのだ。
 見上げれば桜花花。古木は背が高い。陽光をいったん吸い込んで、で、花びらを裏返して光を地上に振りまくが如しである。桜花花のトンネル。深呼吸しながら、坂道を登り切ると、海と空の境界線。バッチ漁の漁船が今日は岸に近い。船体が白く光っている。
 館の“龍馬の見た海”を臨む「空白のステージ」に立つ。
 船中八策の広場に桜あり。白波を隔てて青い海。抜けるような空。浮かぶ雲。そして、風少し。波打ち際をゆっくり散歩する人影が揺れて見えた。

 急な出張だった。1泊2日。正味1日の札幌行き。短い時間で、大切な資料を的確にお借りするという目的が無事に果たせるのか。館長との打ち合わせにも、厳しさを感じていた。今の北海道は、サクラの開花宣言があった高知とは気候も違う。雨だろうか。雪だろうか。いつもよりも気持ちが引き締まっていた。
 当日。雲の合間から覗く東北地方の雪景色を越えたら、海峡が見えた。早朝出発のふやけた感覚からいっぺんに目が覚めた。久しぶりの千歳周辺。機体が降下し始めると、目に入る白樺の木肌が温かく感じられた。北の大地にも、春が近づいている。
 ここは、海から降りるといきなり山に突き当たりそうになる高知龍馬空港とは違う。北海道はどこに降りても、大地に帰ったという感覚がはっきりとある。アメリカやヨーロッパの空港に降り立つような、広々とした豊かさを感じる。機体が着陸するまでのときめきは旅人に近いものがある。
 しかし、この大地を開拓し開発して行ったのは、旅人ではない。旅人のロマンなど一蹴する厳しい大地と向き合ったのは、文明の利器など持たない先住民や移民たちだったのだ。
 龍馬はこの大地にどれだけあこがれていたことだろう。直寛は何を思い、女こどもの不安と期待はどんなだっただろう。熊本から来た弥太郎。信仰を持った人々と、信仰すら捨てて大地に立ち向かった直行。その家族。時代を遡る感慨が押し寄せてくる。
 かつて見たニューヨーク・エリス島のイミグレーション記念館。説明もない日本人のポートレートとパスポートが語ることの多さ。カナダ最東端、プリンスエドワード島は赤毛のアンの島であり、カナダで最初の州であった。先住民と侵略者の闘いと融合。トロントで見た日系5世展。大陸内奥部ウィニペグまで進んだ日本人たちの思い。かつて旅先で見た、未知の土地での過去の人々を思う。
 目の前に広がる北の大地。こもごもの思いに再会しながら、これは直行さんや龍馬に出会う旅だと感じていた。

 昨年5月、当館HPの過去の企画展「龍馬と良助」を御覧になって、大阪外語大学の久堀先生から問い合わせがあった。田中家資料『駒下駄敵討』(こまげたかたきうち)の体裁や登場人物などの内容について知りたいというものだ。
 久堀先生は、近世人形浄瑠璃研究をご専門とされており、先日『説話論集 第15集 芸能と説話』に「近世後期淡路座の人形浄瑠璃-『敵討肥後駒下駄』の成立-」という論文を執筆された。
 淡路座の人形浄瑠璃とは、およそ500年前から始まったもので、江戸時代には全国を巡業しながら人形芝居を浸透させていた。現在では、座の数も少なくなったが、1976年に国の重要無形文化財に指定され、保存・継承が行われている。
 久堀先生は論文中で、江戸時代の淡路座の活動と中央の浄瑠璃作品を調べることにより、淡路座の中央への影響や果たした役割などを考察し、従来注目されることの少ない淡路座独自の創作活動に光を当てる試みを行っている。
 田中家の『駒下駄敵討』は、浄瑠璃の台本ではなく実録本の一つだそうだが、全国には他にも同種の実録本が少数ながら存在しているそうだ。実録本と浄瑠璃との関係を考察する際、田中家の『駒下駄敵討』は他に伝わる実録本と異なっているため、大変興味深い資料だということだった。論文を拝見させていただいたが、非常に面白く、勉強にもなった。また、当館では浄瑠璃の知識が無いため、この資料を単なる書籍資料としか扱っていなかったが、専門家が見るとこれほど資料が生きてくるものかと驚いた。
 今後も、専門家に限らず、多くの方が研究のために資料を活用していただくことを願っている。

春到来・千客万来

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 日脚が伸び、大気は明るくなった。プロ野球キャンプ入り、観光開き、皿鉢(さわち)祭り、お城祭り、二十四万石博。高知の城下に春を告げる中国大陸からの黄砂が、幾日も街や空や海を白く霞ませた。
 ウメ、モモ、レンギョウ、コデマリ、ユキヤナギ。春の花が広がっている。サクラは赤かった樹皮の色がつぼみに移り、その突先ははちきれんばかりだ。いずれ大気は桜色に染まるだろう。春到来である。
 そんな春の賑わいは館にも広がっている。若い学生たちの笑顔、団体の華やぎ、家族連れの和やかさ、一人の充足。所用で来られた方が「えっ?!こんなに人が来てるんですか」と驚かれることもある。
 先日も大学生のグループが、閉館間際まで写真を撮ったり、展示会場を何往復もしていた。彼らが立ち止まった資料について少し説明すると、かなり突っ込んだ質問をしてくる。その意外さに驚いたし、とても楽しかった。若い彼らは、本当に龍馬を知ろうとここを訪ねていたのだ。
 ある年配の方は資料の説明を聞いて「今回の旅で一番の収穫は、今のお話でした」と、何度もお辞儀をしながら、名残惜しそうにバスの集合に向かっていかれた。
 学生たちも年配の方も、私がたまたま通りがかりに出会った人たちである。こういった“他生の縁”らしき方たちをはじめ、各国大使から小さな子どもたちまで、いろいろな方をご案内している。
 「ギャラリートーク」などという気取った言い方はしない。私たちは「解説」という形で、ご予約いただいた方たちに館内の説明をしている。また、予約などなくても、熱心にご覧いただいている方には思わず「ご説明でも…」と声がけをしてしまう。そして、その中で自分自身が一番学んでいることを感じているのだ。
 千客万来。多士済々。日々是愉快。そんな気持ちの春である。

波の音

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 館の2階南端、“空白のステージ“に立てば、はるか水平線を望む。
日によって、刻によって海の眺めは表情を変える。色もそうだし波の姿も違っている。
大学が休みに入ったのだろう、週末若者の姿が目立ってきた。館内が活気づいてくるのが分かる。
受験生もいた。青白い顔で彼は朝一番にやって来た。パワーを貰いに来たのだという。
神頼みならぬ、龍馬祈願。気持ちは良く分かる。頑張れと声援を送りたくなる。
 彼は“空白のステージ”に立ち尽くした。水平線に目線を向け、学校で朝礼を受ける生徒のように、肩幅に足を開いて動かない。無念夢想。
 その頭上から、お囃子みたいに「ザー、ザブン。シャラシャラ」。波音がかぶさってきた。波の砕け散る浜辺までは50メートルはある。沖から幾重もの棒状になって寄せてくるうねりが、はずみをつけて解き放たれて、潮をかむ。「ザー、ザブン、シャラシャラ・・・・」を繰り返す。
屋内にいて、波うち際にいる実感なのだ。
 この仕掛け、実は事前に4パターンの波の音を収録したものを、その日の海の状態に合わせて流しているものである。静かな海、少し風、強風の海、台風襲来、荒れる海。状況に合わせてテープを交換する。
 収録場所は館の真下。時にスタッフが波に追われて丘に逃げ上がったこともあった。
プロ野球のオープン戦が組まれていた日曜日、あいにくの天気になった。前夜からまるで時化模様。翌日も午前中は雨混じりの強風が吹き荒れた。
 波の音は当然、“レベル4”であった。
強風に持ち上がる建物。激しい波音。「おっ、揺れとるぜ!」。おじさんが、思わず床を踏みしめている。本来、吊り橋様式で揺れる構造になっている当館ではある。だが、それにしてもこの日は入館者にとって、めったに味わえぬ体験をされた1日になったと思う。

この場所

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記念館の入口を入ってすぐのところに大きな六曲屏風がある。
作家の司馬遼太郎さんが、坂本龍馬の銅像が桂浜に立って60年を迎えた年に還暦のお祝いにとよせてくださったメッセージを、銅像建立の発起人である入交さんが揮毫してくださったものだ。

「 銅像の龍馬さん、おめでとう。
 あなたは、この場所を気に入っておられるようですね。
 私もここが大好きです。
 世界じゅうで、あなたが立つ場所はここしかないのではないかと、
 私はここに来るたびに思うのです・・・ 」

記念館の屋上から海を眺めると、水平線が弧を描いているのが分かる。
地球が”丸い”ということを、私はここに立ったときに初めて実感したように思う。
この広い海のはるか彼方に、まだ見ぬ土地があってまだ会ったことのない人たちがいるのならぜひとも会ってみたい、そんな気持ちになる。
龍馬もこんな気持ちで海を眺めたのだろうか。
司馬さんの言葉をお借りすると、龍馬の記念館が立つ場所はココしかないように思う。
大きな海に乗り出すように建てられた坂本龍馬の記念館。
”龍馬の気持ちになれる場所”です。

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