2006年11月アーカイブ

男前じゃ

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 今回―反骨の農民画家「坂本直行」展―の特徴の一つは、直行さんのアルバムを許される範囲で、最大限に使ったことである。直行さんは古い写真が実に多く残っている。よくこれだけ写真がと感心する。学生時代、続いて昭和10年代、直行さんが十勝原野の開拓に乗り出して以後のものも多い。
 写真のカラー技術がおぼつかなかった時代のカラー写真など、歴史的においを感じさせるものさえある。北大山岳部、孤高の開拓農民、そんな姿が、レンズの被写体として狙われやすい要素もあったのではなかろうか。
 それらの写真をデータ化して、和紙に印刷した。これが最近の技術である。分かったように言ってはいるが、本当のところ当方には理屈はとんと分かっていない。ただ、完成品は「おっ」と息を飲む出来栄えで、自分で頼んでおいて感心している。
 「いいでしょう」。自画自賛だ。「セピア色の写真が、和紙の柔らかさとマッチして」、一枚ずつ雰囲気をかもし出す。モノクロはモノクロで、カラーはしっとりの絵の如し。それに、最近の十勝原野で自然風景を撮ったショットも混ぜると、“引き立て役”である。直行さんはさらに強調される。
 先日お見えになった、初老女性のお二人の会話を聞いてしまった。
 「直行さんは男前じゃねえ」
 「映画俳優みたいな、いい男じゃ」
 「けんど、この写真は古いきねえ。修正しちゅうと思うぞね、そうじゃないとこれほど全部の写真が、これほど男前には写らんぞね」
 「そうかも分からんねえ」。
 飛び出ていって「違います!」と言おうかと思ったが、あまり楽しそうなお二人の会話振りに、雰囲気を壊してはと、思い止まった。皆さんも直行さんがハンサムか否か、確認にお越しください。

迫り来るもの

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 坂本直行展が動き出した。多くの方々に直行さんの絵と龍馬の手紙の“競演”を楽しんでもらっている。皆さん見方もそれぞれで、評価もさまざまである。
「この絵が、一目見た時から好きになって、もう3回見に来ました」。
 そんな熱心な女性もおられる。
 お目当てのその絵は、第二会場にかかっている「十勝岳新噴火と美瑛岳」。6号の小品である。聳える十勝岳も美瑛岳も白い壁。青空を背景に迫ってくる。空にかかる雲がいい。動いているような錯覚に捕らわれる。
「どの絵よりも私はこの絵に魅せられました」。
 言われてみると、この絵に同じような評価をした方が数人おられたのに気付いた。一人は書道家、「これが好きだ」と対面した時、見入ってしまった。
 もう一人、彼はたまたまその日、所属例会の席で「芸術品を見る目を養うにはいいものを見るに限る」とお話をした。いいものには目がない“自信家”である。世界のいいものを見て回っている彼の説によれば「いいものは、前に立つと迫ってきます」。彼は、直行展第二会場でその「十勝岳・・・」で急ブレーキがかかったように立ち止まった。「ほら、迫って来るでしょう」。
 自信たっぷり。その笑顔がじつに彼らしくて好ましかった。
 皆さん、是非おいでください。「十勝岳・・・」がお待ちしています。

 直行展が始まりました。
 オープニングの15日には、地元浦戸小学校の児童をはじめ浦戸地区住民の皆様、待ちかねたようにお越しいただいた方たちで終日賑わいました。「すばらしい」「素直な絵ですね」「迫力がある」「見に来てよかった」等々の声をいただいたことで、開催の実感と喜びがわいてきました。
 今回、遠く北海道各地から直行の絵をお借りしました。あれほど高知に来ることを拒み、龍馬を語らなかったという直行さん。そんな人の残した絵や身近なものたちが海を渡ってやってくる。搬出時には、感無量、万感の思いが込み上げてきました。
 龍馬生誕の日の15日には、直行さんのご長男登さん、従弟の土居晴夫さんもお越しくださり、熱心にご覧いただきました。
 「土佐和紙に大きく引き伸ばした写真の数々も大好評です。ハンサムな直行さんは開拓農民時代の貧しさの中にいるときが一番カッコいい。それは内面の充実が表れている時代だからでしょう。友人知人の撮った写真が多く残っていて、そこに開拓一家の様子が生き生きと映されています。
 「農耕馬(ドサンコ)を囲んで集っている一家の底抜けに明るい表情を見ていると、私も50年前の我が家のことが思い出され、懐かしさで胸が一杯になり、集合時間が迫っても立ち去り難い思いでした」(横浜市・男性)。こんな手紙を寄せてくださった方もいます。
 「坂本直行展」は始まったばかりですが、直行さんは当館にすっかり馴染んでいます。お借りした絵画や資料は12月、2月には入れ替えの予定です。販売している六花亭のお菓子やグッズも大好評。
 一度だけでなく、何度でも直行さんに会いにお越しください。

独り言

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 土佐弁にこんな言い方がある。「よーせん。」標準語にすると「出来ない。」という意味になるがニュアンス的には少し弱い。何か修飾語が欲しい。「どうしても出来ない。」と言ったほうが近い気がする。だからと言って、「絶対に出来ない。」というわけではない。そこには何パーセントかの可能性が含まれているような気が私はする。こういう風に標準語に直すと微妙なズレを感じる言葉が土佐弁にはいくつもあると思う。

 祖父母の時代に話されていた土佐弁が私たちの世代では、ほとんど使われていない言葉も少なくない。時代の変遷と共に言葉はもちろん変化して行くし、高知県内でも地域によって異なる表現もある。

 先日、ノーベル文学賞の発表があった。フランツ・カフカ賞を受賞していた村上春樹氏に期待が寄せられていたようだが惜しくも受賞は逃した。けれども村上氏の作品は、欧米やアジアなどの30を越える言葉に翻訳されており、現代の日本人作家として海外で最も広く読まれている作家の1人だそうである。
 方言1つを標準語にするだけでもニュアンスの違いが生じてくるのに、ましてや異国の言葉に翻訳される労力の蓄積ともなると、まるで言葉への果てしない冒険のようである。

 本来ならその言葉の意味する深さや表現は、その国の言語で理解するのが最良なのだろうけれどそれにも限界はある。それならば、少なくとも自らの想像力を出来る限りたくましく膨らませ、言葉の意味する世界を理解したい。

 言葉が持つ意味の重要性と想像力の希薄さを改めて考え直す昨今であった。

今日の出来事

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今日受付に1人の女性が訪れた。
「坂本直行展を見に来ました。」
「申し訳ございません。直行展は11日からになっております。」
「あっそうか、日にちをちゃんと見てなかった。残念、また来ます。」
「よろしかったら前売券を販売中ですが。」
「じゃあ、いただこうかな。」
そう言って前売券を1枚買って帰られた。
今日は11月1日。直行展の開始は11月11日。ポスター等を見て今日からだと楽しみに来てくれたに違いない。
そんな皆さんの期待に応えられるよう、直行展に向けての準備頑張ります。

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