2007年4月アーカイブ

 館に木の香が漂っている。発生源はヒノキのベンチとデスク。
館の中二階に先日、談話室「海窓」が誕生した。ここに、備品としてベンチとデスクが配置された。眼前に開けた、海の景色を満喫してもらおうとの趣向である。もちろん、ただ眺めるのではない。
一杯のコーヒーがあったりもする。
 実は、以前から「休憩場所がない」というのが館の弱点として指摘されていた。「折角いい景色、“龍馬の見た海“が呼んでいるのに」。そんな感想つきである。やっとその思いをかなえることが出来た。スペースはおしゃれな談話室に生まれ変わったのである。
木の香は、鼻孔から脳を通過して、心にまで届く。

 完成した次の日の朝、“一番コーヒー“を決めてやろうと出勤するなり「海窓」へ。出勤は一番乗りだったから、口笛もんだ。自販機用に用意したポケットの小銭をちゃらつかせながら階段を上がった。
見れば水平線。春霞を払ってすっきり一直線。波間にじゃこ漁の小船が揺れている。陽は明るく風は少し。
 “お茶条件”はこれに勝るはなし。なにせ「一番」。
海から、室内に視線を回した。そこであっと驚いた。先客がおいでた。清掃をお願いしているKさんとYさんであった。彼女たちの出勤時間の早さを忘れていた。ブルーの制服がすっかり雰囲気に馴染んでいる。
「館長さんお先に。いいですねえ、ここは。病み付きになりそうです」。
同感、同感。
“三番コーヒー”をじっくり味わった。

独り言Ⅱ

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 ストレスの解消法やリフレッシュの仕方は人それぞれ色々な方法があると思う。因みに、私の場合は芸術鑑賞である。アート、音楽、舞台など、とにかく自分で見たいと思ったものを観ることである。そしてその鑑賞したものが本当に良いものであった時、頭のてっぺんから爪先まで体内が浄化され至福の時を過ごした事が、その余韻と伴に心の糧となっていく。

 現代では何事においても選択肢が非常に広がって来ているので本当に良いものを選ぶことの方が難しいかもしれない。けれどもそれを選択し、見極めるのは自分自身である。その目を養うにはとにかく本物をたくさん観る事に尽きると思う。

 先日ある人物が描いている作品を見せてもらった。風景の色が今一つ納得いかないと話していた。そして、ある美術展に赴いた後再度描き始めた作品は、大胆に色合いが変わり、明らかに以前とは異なっていた。
やはり「いいものを観なくてはね。」という話に落ち着いた。

 自分の目を養うには一足飛びには無理だ。ある程度時間をかけて自分の感性を磨く外ない。それは経験にも繋がる事だから。
 作品選びには、マス・メディアの影響も多大だと思う。けれどもそこに書かれていることを鵜呑みにするのではなく、まずは自分の目で鑑賞してみるべきである。書かれていることと全然違った感想を持つことだって勿論あるのだから。

 高知は悲しいかな芸術的要素の選択肢が実に狭い。寂しい限りである。そうなると県外まで足を運んでしまう。そうではなくて,高知に居ながらにしてせめて中央で見られる水準と同じものを鑑賞出来るようになって欲しいと思う。
 幸い、当記念館は県外からの来館者が多い。他に要求するのなら、当記念館も常にレベルアップを図り、自分自身の目を養える記念館の1つでありたいものである。

帯広

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 帯広に“まいった”
 雪原の帯広に飛行機はゆっくりと着陸した。
まるで雪面を滑るがごとし。
窓の外を流れる風景に、記憶のポケットを刺激された。
“どこかに似ている”。すぐに思い当たった。
 シルクロードの拠点、新疆ウイグル自治区の首都ウルムチのウルムチ国際空港の果てしなきたたずまいではないか。
重く天から覆いかぶさっている鉛色の雲。
しかし、空気は澄んでいる。
雪原の区切りのように、枯れた樹林の列が並んでいる。カラマツだろう。
ウルムチなら、これがポプラだ。
ふと、目線をカラマツの奥に向けた。
さらに続く雪原の果てに雪をかぶった山脈の気配。
目を凝らすと、確かに見えた。
ウルムチなら際立って聳えるのがボゴダ峰である。見入ってしまった。
空港ロビーを出て、風に当たっても寒さを感じなかった。

 そうだ、帯広に来たわけは先に館で開催した「坂本直行展」で借りた絵の返却であった。
製菓会社「六花亭」所有の中札内美術村から90点近い直行さんの絵を借りたのをはじめ、広尾町、同地区の農協などなどお世話になった先は数知れず。
驚いたのは、戻しに行って逆に大歓迎を受けてしまったことだ。
珍味の山々、そして何より情の笑顔。まいった。まいった。まいってしまった。

 冬山を降りてきた後輩たちを、十勝原野に住む直行さんはこんな風にもてなしたのだろうか。
翌朝、まさに青空の下に連なる日高山脈を見た。バス待つ見知らぬスキー帽をかぶった青年の立ち姿に知らず直行さんを重ねていた。
 それに、動き出したバスの前を、ヒラリ!横切った影は紛れもない“龍馬”と感じた。
 帯広は忘れられないところになった。

 反骨の農民画家「坂本直行」展が終わった。感無量である。
 正直、4ヶ月半(141日)という会期は長かった。調査・準備期間を入れると優に1年半になる。旅行会社のチラシで飛び込んだ「韓国直行便」という文字に、「あれっ、直行さんは韓国に行ったことがあるのだろうか?」と思ってしまうほど、気持ちはいつもチョッコウさんに向いていた。いや、いつもと言うと語弊があるかもしれない。行き詰って、直行さんから逃げたい時もあったから…。
 と言っても、絵画や資料をお借りするために北海道入りした昨年10月末。最初の坂本家で直行さんの絵が運び出された時の感慨は忘れがたい。いよいよ直行さんが海を越えて里帰りをする。初めて高知に行く直行さんをツル夫人はどんな思いで見ているのだろう。ここに来るまでの道のりは長かった。そんなことを考えていると、ガランとしたアトリエから直行さんの声が聞こえた気もした。様々な思いが交錯し、高揚する気持ちで絵画を送り出した日のことをはっきり覚えている。
 札幌から帯広を巡った美専車が、北海道での最後の場所、広尾町の海洋博物館を出発した時も同じだった。太平洋を背にした車は一路高知を目指す。いよいよ海峡を渡って直行さんが高知に里帰りする。感無量であった。

 会期中ご来館くださった多くの顔が浮かんでくる。会場にあふれた直行さんや直行一家の顔。直行さんの何人かの息子さん方も来てくださった。家族も知らない直行さんの顔もあったようだ。
 北大関係者、六花亭、秀岳荘、直行さんの後輩達。“歩歩(ぽっぽ)の会”のメンバー。直行さんのファン、企画展を機にファンになった方達。多くの高知の人たち。会場で説明・解説しながら、教えられることも多かった。

 週1,2度、入口に花を飾ってくださった郷田さんの最終作品のテーマは「三相」(=過去・現在・未来)。中心になる苔むした梅の木は“龍馬”(=才谷梅太郎)。古木に寄り添う野草、吾妻鐙(アズマアブミ=東国武士の馬具)は直行さん。「日本百名山」の深田久弥をして「古武士のような」と表された直行さんのイメージに合う。二人は過去から私たちを呼び止める。つぼみから咲いていったサクラの一枝は現在。古木の下方にはこれから白い花を咲かすだろうユキノシタが未来を指している。
 今は未来であり、過去となる。記念館での直行展は終了したが、別の物語として未来に続いて行くだろう。訪れた4万7千人余りの方たち、訪れることはなくても直行さんを知った方たちが、これからも直行さんを語り続けてくれることを信じている。龍馬と同じように。
 多くの皆様に言葉にならないくらいの感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

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