2007年6月アーカイブ

大切な人たち

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 ある俳優さんが、あなたの宝物は?ときかれ、「人です。」と答えていた。
 これまで自分が出会ったたくさんの人達のことを思い浮かべた。大好きな人。いつも一緒にいる人。ずいぶんご無沙汰している人。もう会えなくなってしまった人・・・。

 つい先日、「ずいぶんご無沙汰している人」のひとり、数年故郷を離れていた親友が高知へ帰ってきた。久しぶりの再会にもブランクを感じることなく話に花が咲き、昔から少しも変らない彼女の暖かさにふれ本当に嬉しかった。
 彼女には多くの親しい友人がいる。その人達のすばらしさはどんなところか、人柄を思わせるエピソードなど、彼女はとても楽しそうに語って聞かせてくれる。聞いている私のほうまで楽しくなってくる。

 龍馬の手紙を読んでいて、似たような楽しさを感じたことがある。
 例えば、乙女姉さんに宛てて書かれた、3mもの長さになる手紙。妻に迎えるお龍さんの紹介が内容の半分をしめている。
 好きな女性をお姉さんに気に入ってもらいたくて一生懸命のようだが、なんと悪者相手に大喧嘩の末、勇ましくも妹を救い出した「まことにおもしろき女」と書かれてあるのだ。良妻賢母からは程遠いイメージ。
 よりによってなぜそんな紹介文になってしまったのかわからないが、龍馬の感性で見たお龍さん像がそこにある。
 乙女姉さんも、おだてられながらの突拍子もない文面の弟の手紙を、苦笑しながら読んでいたのではと想像してしまう。

 同志達ばかりでなく、師である勝海舟など幕府や藩の要人まで、多くの人物と交流を持ち、絶大な信頼を寄せられていた龍馬。
 それは、彼が人の優れている点を見い出し、尊重することができたからではないだろうか。

 人に共感し、美点を率直に認めることができれば、相手の魅力もより引き出され、お互いにとてもよい関係が築けるように思う。
 そんな人との出会い、かかわりが、人生をずっと豊かなものにしてくれるに違いない。

独り言Ⅳ

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 ある番組で飛び出す絵本の珍しいものを紹介していた。
 1つ目は“不思議の国のアリス”だ。1ページ1ページ、ページをめっくた瞬間に、アリスと背景が、勢いよくポップに平面から現れる。まさにワンダーランド!
 2つ目は東京写真美術館に収蔵されている約160年前のもの。大英博覧会の様子を描いた10枚のイラストがじゃばらに折りたたまれており、それを広げて手前の丸い穴から覗いて見るとそこはもう博覧会!思わず心が踊ってしまう。160年前と言えば龍馬も生きた時代である。
 3つ目は絵本を開いても何も飛び出さない。そのまま見ても良くわからない。この絵本を見るためには装具を通して見るのである。目に付けて絵本を再び眺めると、そこには3次元が動いている。絵本のタイトルははっきりと覚えていないけれど、まさに仮想空間の世界である。

 3種類の絵本にはそれぞれの時代性と特徴が顕著に表れていると思う。私たちのまわりにも、生まれては無くなりもてはやされては忘れ去られるものが数限りなくある。街の風景でさえも2~3年サイクルでどんどん変化して行く。昨日まで見かけた街の店舗や建築物が、ある日突然消えて無くなっている。すでに新しい建物が建っていようものなら以前何がそこにあったかさえも思い出せない。

 瞬間瞬間が過去になって行く私たちの日常生活の中で、人々の心に本当に残るものとはいったいどんなものなのであろう?すぐに消えて無くなるのではなく、時代を超えて現代から未来へ残るもの。少なくとも私はそういったものを探求したい。

 「・・・天が、この国の歴史の混乱を収拾するためにこの若者を地上にくだし、その使命がおわったとき惜しげもなく天へ召しかえした。
  ・・・時代は旋回している。若者はその歴史の扉をその手で押し、そして未来へ押しあけた。」
 司馬遼太郎氏『竜馬がゆく』の最後の言葉である。

龍馬とショウブ

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 龍馬についていろいろな質問を受ける。歴史的なことだけではない。
 「龍馬の好きな食べ物は?」「龍馬は水虫だったそうですが・・・?」「龍馬の好きな○○は・・・?」エトセトラ。
 近頃「龍馬と結びつく花って何ですか?」という質問を続けて受けた。
 「才谷梅太郎というくらいだから梅でしょうか。命がけでいろは丸事件に臨むとき、三吉真蔵に宛てた遺言状にも梅の朱印があるし・・・」「菊というのも歌に出てきますね」くらいで答えを濁していた。
 宮地佐一郎先生の「龍馬の手紙」(講談社学術文庫)をめくっているとき「先便差出し申候しよふ婦(菖蒲)は皆々あり付申候よし、夫々に物も付申候よし」という文に再会した。24歳、2度目の江戸剣術修行中に書いた手紙。坂本家ゆかりの北海道樺戸郡浦臼町の郷土資料館が所蔵しているものだ。
 若い龍馬は、有名な江戸の堀切の菖蒲を土佐の乙女に送ったらしい。それが実家で根付いたかどうか聞いている。
 先日、宮地先生の奥様真喜子さんが来館されて、たまたまその菖蒲の話になった。当初、宮地先生は「しよふ婦」を「娼婦」と訳されたらしい。色っぽい話だが、少々つじつまが合わない。そこで真喜子さん「それは菖蒲のことじゃないですか」。土佐に根付いた江戸の菖蒲。龍馬の粋。真喜子さんを囲んで楽しい花談義だった。
 今、梅雨空の下で菖蒲の色が美しい。

沢田明子の世界

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“海の見える・ぎゃらりい”で書家・沢田明子による「龍馬と沢田明子展」を始めた。
先生が龍馬記念館ように選んだ21点。
ぴたりと収まって、さすがの世界が広がる。
ギャラリー入り口に「飛騰龍馬之国」の筆がライトアップされて躍った。
赤い紙に、黒々と。
 何かわくわくさせる空間の存在を予告する。
真っ直ぐな目線の先にはガラス越しに太平洋。龍馬の見た海。
水平線が天と海を二分する。
その時点では先生の作品群は目の中に入らないが
“龍馬之国”に入った途端、包み込んでくる気配がある。
一瞬、目は釘付けだ。
 大作、横一本の「一」。これも赤い紙に黒字で「一」。
面白いのは「一」の字が紙の半分から始まってはみ出ている。
起点はわかるが、終点はない。
どこまでも果てしなく続いていく線のイメージ。
「永遠の一」。無限を意味しているのだろう。
「日曜市」「桂浜」「りっしんべん」「鮎の宿」「海幸彦山幸彦」見慣れた書道展の雰囲気ではない。
「直線と余白美、これが私の作品のすべてと言ってもいいでしょう」。言葉に力を込めた。
が、「書も絵も俳句も一緒よね、みな同じ、お料理も・・・」笑顔が素敵なおばあさんになった。
粋なおばあさんである。

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