2007年7月アーカイブ

 初めての3館合同特別企画展、―暗殺140年!時代が求めた“命”か―「坂本龍馬・中岡慎太郎展」の幕が上がった。
 今まで街角にあった赤いポスターから龍馬・慎太郎が抜け出して、坂本龍馬記念館、中岡慎太郎館、高知県立歴史民俗資料館のそれぞれで、140年前の事件を検証し始めた。各館ごとのテーマで謎に包まれた“暗殺”に迫る。
 当館のテーマは「海援隊・陸援隊」。二人が迎えた最後の年に改組、結成された両隊は、活動期間こそ短いが、二人の軌跡の上に鮮明に浮き上がる組織。展示資料から二人の考え方、活動、そして最期のときを読み取っていただきたいと思う。
 海援隊の規則を明文化した「海援隊約規」の内容は普遍的に新しい。
 また、長府藩の伊藤九三(助太夫)が仲間の三吉慎蔵と印藤聿に大あわてで報せた手紙。「龍馬先生が殺された!」。伊藤は同家にいたお龍になんと言えばいいのか困って二人に相談してきた。
 三吉は龍馬の妻・お龍に事件のことを告げなくてはいけない。三吉自身も動揺している。140年前のその場面にあった手紙を、当時のままの状態で展示している。三吉家からお借りした手紙は軸装などをせず、送り主がたたんだ状態のままで保管されているからだ。龍馬から三吉に送られた手紙も同様に当時のまま。龍馬の筆づかいがリアリティーをもって伝わってくる。
 それぞれの資料に物語がある。じっくりご覧いただきたい。
 3館をめぐるバスツアーはおかげさまで好評である。8月11日には、幕末史研究の第一人者・青山忠正氏(佛教大学教授)の講演会も楽しみだ。
 いつも以上に熱い夏が始まった。

 梅雨明け直前の桂浜の海は、霞の中にある。
水平線もあいまいで、寄せてくる帯状の波が、ベールの向こう側から抜け出るように姿を現してくる。
生暖かい湿気を含んだ風は、運動神経にまでまとわりつく。
それが、最後の信号とも言える。
 「さあ、もうそこまで!」とばかり一斉に蝉がトーンを上げて鳴き始めた。
 謝謝謝(シエシエシエ)…から、既に、民民民(ミンミンミン)。
まるで、参院選挙の宣伝か?
 その声に押されて、館の南端いつもの“空白のステージ”に立つ。
眼前には龍馬の見た海である。
霞の奥が覗けるような気になって、目を凝らすと、眼下に見える椰子の木前方海面に道路が走っているではないか。
いや、海面ではなく、道路の上を波が洗っている。
つまり、海中にガラスドームの道路があって、それが上から見える感覚なのだ。
 トラックが乗用車が列になって、何の支障もない。
不思議の空間。道路は東に向かって水平線を目指す。
 面白いのは、この道がどこからでも見えるものではないことだ。
館の南端、しかも海に向かって左側の先端50センチ四方のポジションに限定される。ここしか見えない。
そこで、そこに足跡で表示した。“幻の道”が見えるスポットと。
 この不思議の正体は、実は館のガラス張りの構造にある。
館の海に向かって右手に見える、桂浜花街道がガラスに複雑に反射して、反対側の海にもぐりこんでいるものらしい。
 しかし、不思議です。毎日見ても不思議です。
 ミンミン蝉は鳴き狂っています。

日本の洗濯2

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参議院選が始まった。
誰に投票しても何も変わらない…そんな気がする。

でも、幕末のあの時代、龍馬ら志士たちは
今よりもっと困難な状況から日本を変えようと立ちあがり
“日本の洗濯”を実現させた。
「何も変わらない」なんて思っていたら、本当に何も変わらない。
龍馬のように大きな仕事はできなくても何か行動を。

まずは投票に行こう!
投票とはつまり自分の意志を示すこと。
洗濯で言うと、洗濯機の電源を入れたくらいのことだけど大事な一歩。
投票に行かない人に、日本の政治に文句を言う資格は無いと私は思う。

今の世の中、おかしいと思うことだらけ。
それでも諦めずに一歩踏み出してみたら、
“日本の洗濯2”ができるかも…☆

独り言Ⅴ

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  “良心市荒らし続々16人 張り込み1カ月被害89円で逮捕も”
5月末の高知新聞の見だしである。その記事は“良心足りず、帳尻合わず―。”と言った書き出しで始まる。皆さん良心市というのをご存知だろうか?農家の方達が道路脇に小さな小屋を設け、無人で野菜を売っている市である。支払は料金箱がそこにあり代金をいれるといったしくみである。高知市外の道路を車で走っていると時々見かける心安らぐ風景である。
 記事の内容によると、売上金が不足したり、料金箱が壊されて現金が盗まれるなどの被害があり、高知署が張り込み捜査を続けた結果、正規の料金を払わなかった16人のうちの1人を89円不足で現行犯逮捕したそうだ。この話を聞いた市民の1人が「・・・前略、ある日は小銭がちょうどなくて50円多く、ある日は50円少なく払うことだって許されるのが良心市。そういうことが許されなくなる良心市なんて、世知辛過ぎる。」と話していたそうだ。

 路線バスに乗って1万円札を両替出来なかった乗客に、運転手さんが「次回一緒に払ってくださったらいいですよ。」と言ってくれたという話も聞いたことがある。

 私は銀座でお財布をなくしたことがある。(実はその後戻って来たのだが。)いくら探しても見つからず、結局交番で電車代を借りた。お巡りさんに「どこの交番で返して頂いても結構ですから。」と言われた。恥ずかしかったけれどありがたかった。その後、近所の交番へ戻しに行った思い出がある。

 関東のある小学校では父兄のクレーム対策のために弁護士を依頼する事にしたというニュースも耳にした。クレームのあまりにも身勝手な内容と常識のなさに情けなくなってしまった。

 未来を担う子どもたちのためにも先人の培って来た日本の心を見失ってはいけないと思う。そして、田舎と都会では状況が大違いだけれど、いずれの場合にせよ人と人との信頼・信用があってこそ成り立つ話である。いつの時代にも人間性は確実に問われるのである。

 最近の“独り言”には明るい話題が少なく、批判めいたものもある。けれども私自身、この世の中にいろいろな意味で危機感を感じているのも事実であるから。

龍馬の海

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 『竜馬がゆく』に代表されるように、龍馬は作家たちによって生き生きと描かれ、読者は目の前に龍馬がいるかのごとくに感じることができる。実際、記念館に来る人たちの大半は、そういった龍馬にあこがれてやってきた人が多い。
 名随筆『奥の細道』にしても、フィクションがちりばめられていることによって芭蕉の世界や人生観が後世の人々に語りかけてきている。虚像が真実をより真実として伝えることができるということを芭蕉は計算していたのだろう。私はフィクションの力を信じる一人であるが、歴史学の観点から見るとちょっとずれていることもある。
 今、この秋に開催する「樋口真吉」展に向けて、少しずつ調査を始めている。樋口真吉研究者・南寿吉さんとともに進める作業の中で、虚であった龍馬の土佐での時間が少しずつ見えてきたように思う。事実はフィクションよりも面白い謎解きかもしれない。
 若い龍馬は、幡多・中村に住む樋口真吉や、義兄・高松順蔵らに“日本”を視点に入れた理論を学び、身につけていた。そういった確信が生まれてきた。土佐の国の西と東に若い龍馬に大きな影響力を持った人物がいたことに、私は今ちょっと興奮気味である。
 龍馬の足跡をたどると、龍馬のジャンプ台としてこの土佐という地が不可欠であったことに気づく。龍馬を育てた土佐という土地が誇らしくなる。
 近頃私が出かけた龍馬、真吉、順蔵らゆかりの風景の中には、必ず海があった。龍馬と真吉を結ぶ中村・四万十川河口の下田と、伊豆・下田の海。順蔵さんの家からはかつて眼下に安田の海が広がっていたのだろう。
 記念館から見る風景にも、夏色の海が広がってきた。海の向こうに龍馬が見える。

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