2007年8月アーカイブ

竜馬がゆく

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 歌舞伎役者の市川染五郎さんが記念館に来てくださった。
 残暑厳しい、抜けるような青空が広がる土佐に、ダークスーツ姿の染五郎さんは涼やかに舞い降りた。舞い降りたなんていうとオーバーに聞こえるかもしれないが、そんな表現が陳腐に思えないくらい立ち姿の美しい役者さんだった。
 3年前の正月にテレビ放映された染五郎さん主役の長時間ドラマ『竜馬がゆく』を覚えていらっしゃる方も多いだろう。
 「土佐弁は難しいですね。もう、嫌いになりそうなくらい格闘しました」と言うが、当時の撮影所では「ほいたら」(そしたら)という土佐弁がそこかしこで飛び交っていたらしい。龍馬暗殺者説に出た「薩摩と新選組は嫌いですね」とも笑う。
 染五郎さんには龍馬が染み込んでいる。そんなふうに思った。TVドラマ収録当時、染五郎さんは「演じるというよりは龍馬になりたい。龍馬に降りてきてもらいたい」とおっしゃっているが、演じて演じて演じきって龍馬になるうち、染五郎さんが体得した龍馬が彼自身の中に生きているのだろう。
 「龍馬は今でいうオタクみたいなものですね。移動中なんかもいつも考えている。考え抜いたことが自信になって、信念をもって日本のために行動する。演じれば演じるほど新しい龍馬に出会えます。私自身のあこがれの人ですね」。
 龍馬のいた土佐に来て、海を見て、この地の空気を吸うことで龍馬に近づける。2度目の高知は前回と同じ暑い夏。だからこそ、龍馬とこの地のパワーを感じるらしい。高知は故郷のような所だと言う染五郎さんは、龍馬の真髄を心底知った役者だと実感した。
 9月2日から26日まで、東京銀座・歌舞伎座で市川染五郎演じる歌舞伎『竜馬がゆく~立志編』が上演される。龍馬が歌舞伎に登場する。その日が本当に待ち遠しい。

リョウマの夏休み

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 暑い夏だ。盆休みの記念館は、多くの人で賑わっている。
 みんな大汗をかきながら玄関から入ってくる。館内に入って「わぁ、涼しい」という声に「どうぞお使いください」と館オリジナルの龍馬うちわを渡すと、満面の笑顔で「ありがとう!」が返ってくる。夏休みの人たち、カップルもファミリーも一人旅もグループも、表情はとにかく明るい。南国高知の青空を呑み込みそうな楽しさだ。
 暑さの中、ベビーカーを含め小さな子ども3人を連れた両親がやってきた。派手な服装がけっこう目立つ両親と子ども達は、入口の外から写真をたくさん撮りながら、館内に入ってきた。一番年長の男の子はしんどくなったのか、ぐずりはじめている。
 私が大丈夫かなと思うまもなく、お母さんは第一声を上げた。
 「わぁ、やっとここに来たんや。あんたら見てみ。おじいちゃんが買うてきてくれたポスターがあるで。感激やなぁ。ホンマに龍馬記念館に来たんやで」。
 こちらまで感激するくらいお母さんは感激している。うれしかった。思わず声をかけた。
 「私ら、龍馬が大好きで、やっとここに来たんです。そして、この子はリョウマって言います」。
 私は思わずリョウマ君を見た。ぐずっていた男の子だ。目が合うとリョウマ君、思わず背筋を伸ばした。その顔は誇らしげに輝いている。
 私が「龍馬みたいな人になってね」というと、「うん!」と大きくうなずいた。ぐずついていた表情は微塵もない。園児だというリョウマ君が龍馬以上に大きく見えた。

独り言Ⅵ

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 先日上原ひろみのジャズライブに行って来た。もの凄いエネルギーとパワー溢れる演奏だった。
 彼女のMCにこんなコメントがあった。
 「四国に来るのは生まれて初めてです。
 空港に着くと同じ顔がいっぱいあって、メンバー(彼女以外3人共外国人)にあれは誰と聞かれました。
 龍馬といって有名なお侍さんと答えました。(客席からは、坂本龍馬と言う声が嬉々として挙がった。)
 そしたら何人位殺したの?と聞かれたりして…???。
 今度来る時はもっと色々勉強してから、また来たいと思います。」
ここでも龍馬が登場した。

 ドラマ、舞台、ミュージカルと、昔から色々な役者が様々な演出で龍馬を演じている。9月からは歌舞伎座で市川染五郎が龍馬を演じるそうだ。単なる“九月大歌舞伎”の出し物というのではなく、染五郎のライフワークとしての演目にするそうだ。

 当記念館には、来館された方々に自由に書いていただく【拝啓龍馬殿】という用紙を置いてある。そこには悲喜こもごもの思いや人生が真摯に綴られている。中には龍馬に思いを寄せて、子供の名前に龍馬あるいは竜馬と名付けたというご両親の文面も見かけたりする。
 職員の間でも龍馬の普遍性が話題になった。名前一つ取っても龍馬は昔も今も全く古さを感じさせない名前なのであると。混沌とした現代に、140年前の龍馬の思想がそのまま通じる2007年。そして、多くの人々が龍馬の行動力と人物像を渇望している。

 龍馬のドラマ性にしても魅力ある普遍性にしても、この話を聞いていて私はすぐにW.シェイクスピアが頭に浮かんだ。分野は違えども戯曲の物語性において、役者なら誰もが一度は演じてみたいと思う登場人物がてんこ盛りなのである。そして演出家に至っては、時代を全く感じさせない普遍的な内容に魅了され、やはり一度は演出してみたい戯曲なのだそうだ。
 シェイクスピアは龍馬より300年早く生きた劇作家であり、戯曲を通してその時代と世相を鋭く描いた人物である。そして時代を超えて今尚、国内外どこかの舞台では、必ずと言っても過言でないほどシェイクスピアは上演されている。

 龍馬の生まれた日と亡くなった日が同じなら、シェイクスピアもまた、生まれた日も亡くなった日も同じである。(と言われているが、実のところは洗礼受けたのが誕生日の3日後と言うことはわかっているが、誕生日が果たして定められた日かどうかは、はっきりしていない。)

近江屋

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 8畳の間である。正面にお床。
お床の前には長火鉢、横に行灯。
お床には掛軸が架かっている。
部屋の隅に金色で大型の屏風。
二階の端部屋なので天井が軒方向に傾斜している。したがって天井が低い。

 三館(歴史民俗資料館、坂本龍馬記念館、中岡慎太郎館)合同企画展、-暗殺140年・時代が求めた“命”か-「坂本龍馬・中岡慎太郎」展が開催して1週間。多くの皆さんにご覧頂いている。貴重な資料と共に、「近江屋」の原寸大のセットを、歴民の2階エントランスに置いた。歴史の動いた部屋の雰囲気を、感じてもらおうとの試みである。

 午後10時ごろだったという。
龍馬と慎太郎が火鉢に向き合って話し込んでいた。
「倒幕」。新しい日本をめざす目標は二人は同じであった。ただ、方法が違った。武力倒幕を主張する慎太郎、平和的に会話で成そうとする龍馬。同じ土佐人、勤王党員。議論に熱が入っていたろう。暗殺者が階段で龍馬の身の回りを世話していた少年、峯吉を切った騒ぎで、物音が起きた。「ほたえな!」その物音に龍馬の声が応じた。「ほたえな」は普通、大人が子供を叱るというより揶揄する言葉である。だから、そこに殺気を感じた危機感はない。同時に躍りこんできた暗殺者は二人を切った。暗殺者は誰だったのか?分からない。
 ただ、この事件で歴史の歯車がゴロリと回ったのは事実である。

 二人の学芸員が、実演して見せた。
「ここに龍馬が。慎太郎はここに」
「掛軸のこの血痕は龍馬でしょう」
聞いているうちに鳥肌が立っていた。
その「近江屋」が、9月以降、龍馬記念館に備えられる。

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