2007年9月アーカイブ

 この言葉は、吉田松陰や弟子の久坂玄瑞の書簡に出てくる言葉で、「在野の人々が立ち上がる」というような意味になる。松陰は、「藩や幕府や公卿に頼っていても何も変わらない。志を持った在野の人、一人一人が立ち上がるべきだ」と呼びかけた。龍馬はこれを久坂から聞いて触発され、脱藩した。
 先日、夏休みをとって石垣島へ行ってきた。旅行前の高知新聞夕刊の1面には、石垣島西側のサンゴが白化し、死にかけている記事が出ていた。原因は海水温の上昇によるものだ。行ってみると確かに白く変色したサンゴが多くあり、地球温暖化の影響をまざまざと見せつけられた。
 ちょうど石垣島滞在中に台風12号が直撃して、1日ホテルに缶詰状態となり、「運が悪いな」と思っていたが、白化したサンゴには恵の台風だったそうだ。台風によって海水が掻き回され、水温が下がり、白化が食い止められるそうだ。
 温暖化を防ぎ、美しい自然を守るためには、今まさに草莽崛起が求められている。行政や国だけに任せていても守ることはできない。幕末の志士のように、一人一人が自覚して立ち上がることが必要なのだと強く感じた。
 余談だが、私は今年の夏、3回旅に出て3回とも台風に追いかけられた。3館合同展の資料借用の時に台風5号。その返却の時に9号。そして今回12号。見事に私が行く場所に向かって台風が進んできた。「日頃の行いが…」という声が聞こえてきそうだが、3回目の台風はサンゴのためになったので良しとしよう。

タイムリープ

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「タイムリープ」…自分の戻りたい時間に時を戻すこと。
あるアニメ映画に登場するものだが、辞書には載っていなかった。
この映画の大まかなストーリーは、主人公である一人の少女が偶然この便利な能力を得て喜び浮かれ、それを使い時間を行ったり来たりするのだが…。
過去に戻り、起こるはずの出来事を変えてしまったことで、それに関わる他人の人生までも変えてしまい…。結末は切ない気持ちを残すものであった。
自分の人生は自分のものである。しかし、自分の人生であるからと動かした現実が、周りの人間の人生も一緒に変えていることがあるかもしれない。それが、故意であろうとなかろうと、いつの間にか自分だけの人生ではなくなっていることもある。自らのものであり、他人のものでもある。人生とは、そういうもののような気がする。
記念館に、坂本龍馬・中岡慎太郎が暗殺された近江屋の実物大セットがやってきた。ここで、起こった事件でいったい幾人の人生が変わったのだろう。実物大セットに触れ、想像の中で、「タイムリープ」を味わってみようと思う。

独り言Ⅶ

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 近江屋のセットが復元設置されて1週間が経った。その間お客様の色々な表情を見ることが出来る。セットの中へ入り、火鉢の所に座って写真を撮る紳士二人組。写真を撮ってもらっている人は、実にうれしそうに胡座を掻きポーズをとっている。撮る側も撮られる側も少し照れくさそうではあるが本当に楽しそうないい顔をしていた。
 またある時は、家族連れ3人が小さなお子さんを真中に火鉢を囲んですっかりくつろいでいた。団欒の風景である。思わず微笑ましくなってしまったけれど…。当時からは想像も出来なかった未来予想図だと思う。写真を撮ってみるもよし、くつろぐもよし、登場人物のシュミレーションをするもよし。ただ忘れないで欲しい。あくまでここは暗殺現場近江屋の復元セットの中だということを。
 私達は歴史の積み重ねの途上に存在している。過去がなければ現在もない。現在がなければ未来もない。ごくごく当たり前のことだけれどとても重要なことである。人類はあらゆることに進歩を遂げているが、人間の本質は遥か昔から何も変わっていないと思う。
 進歩とは逆行して世界規模で、いや地球規模で破壊から崩壊へと向かっていっている気がする現在。されど人間は変わらない。
 記念館を訪れ、龍馬を思い、龍馬に語りかけ、あるいは龍馬に問いかけ、答えを見つけて館を後にする方も多いようだ。歴史の途上から過去の声を体感してみてはいかがだろう。
 今後、近江屋では各方面からの対談も予定している。乞うご期待!

異次元の世界

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 現代洋画家 武内光仁氏の作品といえば「大作だろう」がまず口に出る。小さなギャラリーでは展示スペースが間に合わない。「大丈夫?その辺を考慮して展示してくださいよ」。そう注文をつけて、館の“海の見える・ぎゃらりい”での展覧会をお願いした。「問題ない」という武内さんの言葉を信用して。
 ところがどうだ。展示の日、館の横にはびしっとトラックが横付けになった。作業員がばらばらっと降りてきた。奥さん御本人も加えると5人である。「それでは飾り付けを始めます」。そして合図で取り出した工具類の物々しさは、半端ではなかった。
 肝心の絵は4点。それだけ。入り口の小品を除くと3点は大作である。一番大きい一点にこんな注釈が付いていた。“本来13メートルある内の一部です”。巨大な指である。大きな指先がなにやらボタンを押している。もつれるように広がっているのは巨大フィルム?だとすると、ボタンを押し間違ってバラけたフィルムか? 展示されているのは手首の部分で、しかも展示場のコーナーで直角に曲がっているから、直線に伸ばすと、見事だろう。それが見たくなった。絵はブロックに分かれていて、ごついボルトで繋いでいる。
 何とも言えない存在感である。色彩の鮮やかさにもたじたじだ。まるで色の壷に投げ込まれたかのような錯覚に捕らわれる。身体も心も色に染まる。
 題は「HUMAN  LIFE」。難しいゾ! この展覧会の総合テーマは「龍馬さん 土佐乃国→混迷する世界へ」-今、今だから、今こそ、今展-。 異次元の別世界へ連れ込まれた。まさに 武内さんの空間。
 そういえば、龍馬は「土佐にはあだたん男」であった。武内さんと龍馬。共通点があるような気がしないではない。

秋の陣

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 残暑厳しく、などと悠長な事を言っている間もなく、夏がゆく。
人のざわめきも、蝉の声も一瞬のうちに消えた。
沖から寄せる波のうねりさえも化粧を変えた。青さを増している。
空も雲も高くなった。
 夏に燃えた -暗殺140年・時代が求めた“命”か- 坂本龍馬・中岡慎太郎展も、一ヶ月の幕を閉じた。京都博物館やゆかりの人たちにお借りした貴重な資料は、学芸員たちが今、お返しに散っている。一週間はかかるだろう。
 ただ、その一方で、早くも秋の企画展の仕込みが本格化してきている。10月からの「樋口真吉展」。龍馬が人生で最も信用した男の物語である。ところが、不思議な事にこれまであまり世間では知られていなかった。だから企画展はこの人物を広く世間に紹介するのが狙いである。
 歴史に名を刻む人は一握りである。多くは時の流れに飲み込まれたままになる。しかし歴史が、その他大勢の犠牲なくして動かないのも事実なのである。
 龍馬と樋口真吉のつながりに、志に生きた男の気概に満ちた生き様を、感じてもらえればと思っている。
 また、龍馬、慎太郎が襲われ命を落とした「近江屋」8畳間のセットの館2階への設置工事も開始した。少し変わった展示場になるはずである。入館者の皆さんに歴史の動いた部屋を体験していただく。
 まだある。これは館の存亡がかかっていると言ってもいいだろう。館の運営、管理者を決める「公募」が目前に迫った。新たに民間が?今まで通り県の文化財団が?
 龍馬記念館にとっては風雲急を告げる「秋の陣」である。

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