2007年11月アーカイブ

古写真の面白さ

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 次の企画展、12月17日スタートの「幕末写真館」展が迫ってきた。
古写真を和紙に引き伸ばして展示し、館の2階に“幕末”を創る。
館が写真館になるわけだ。カメラマンは、坂本龍馬。
龍馬の目で見た幕末が浮かび上がる趣向である。
 今、その仕掛け作りに追われている。
 気付いたことがある。
写真を大きく引き伸ばすことで、見慣れた写真でも、これまで気付かなかった事実が見えてきたりすることだ。
「あれ、手に何か持っている?」「同じスタジオの写真だ!」等々。
納得もすれば、新たな疑問が現れたりもする。
 西郷隆盛は写真嫌いもあって、現存の写真がないのが有名である。
よく見かける西郷さんの顔は実は似顔絵。
しかも描いたのは外国人で、彼は西郷さんと面識はない。
弟やいとこの写真の合成画だという。それが、西郷さんの顔で通っている。
 逆に、龍馬には7種類もの写真が残っている。龍馬は写真好きだったとみえる。ただ、どの表情にも「チーズ」はない。
 一人で3枚という人も。
新撰組の近藤勇がそうだ。同じ時に撮っているが表情は異なる。
社会風俗の写真も用意した。写真から時代背景を想像する。
新しい歴史事実がみえてくるかも。
 楽しみながらの残業が、当分続く。

龍馬臨濤

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高松紅真先生が、「海の見える・ぎゃらりい」で個展を開いている。
 “龍馬臨濤”。
この空間になんともふさわしい。
激しく、それでいてたおやかな筆致が、どきどきさせる。
真っ黒な墨、淡い墨。
跳ね上がった筆の力。
紙の奥くに押し込めてゆく圧力。
「風」「夢」「窮」「光」「人」「遂」。
どれも、語りかけてくる世界がある。
 「親子孫」「一本の鉛筆」、海際に「天道」。
龍馬の見た海が、そのままここに存在している。

 着物姿の高松先生は気さくに対応する。
館の職員の如く、館の展示品まで説明しているから面白い。
違和感がない。
「私も詳しくは知りませんけど…」と県外から来られた観光客のおじいさんに、
龍馬が襲われた「寺田屋」の説明である。
説明途中、分からないところで、
お二人顔見合わせて、てれ笑いだ。
外はくっきりの水平線。冬近し龍馬の海は光っている。

龍馬に導かれて

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 『 拝啓龍馬殿
   桂浜へ来て龍馬殿と会ったら、つまらないことで悩んでいる自分がなさけなくなりました。
   マイペースで頑張っていこうとおもいます。
                                       H5.9.13 東京都 T・H 』

ここには様々な悩みを抱えた人が、龍馬に会いにやってくる。
そして悩みを解決し、スッキリして帰っていく。
龍馬の手紙を読み小さなことにこだわらない性格に触れたり、
眼前に広がる太平洋を見ていると心が晴れてくるのかなとも思うが…、
“龍馬のおかげ”と言うよりは、“龍馬のいる場所”にその理由があるように思う。

最近、自分で色んな所へ旅行に行くようになって、
高知からはどこへ行くにもものすごく時間がかかることを実感している。
飛行機やバスの直行便も少なく、色んな乗り物を乗り継いで行かなければならない。
可愛い甥っ子に会いに山口へ行くには、JRと新幹線を乗り継いで4時間半!

一人で車窓からの景色を眺めていると、本当に色んなことが次々と頭の中に浮かんでくる。
考える時間はたっぷりある。

全国各地からそれぞれに深い悩みを抱えて、龍馬に会いにやってくる人たちも、
この高知までの遠い道のりの中で、龍馬と話をする気持ちで“自問自答”し、
桂浜に到着する頃には、自分なりの答えを見つけているのではないだろうか。

でもそれは、現代の悩める人々に、
自分と向き合ってゆっくりと考える時間を与えるため、
龍馬がこの地へと導いているのかもしれない。

新しいもの

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 最近、気に入っている飲み物がある。
 ミルク、シナモン、その他香辛料の入った紅茶、チャイティラテだ。ホットとアイス両方あるのだが、どちらも美味しい。このチャイティラテ、最近オープンしたばかりの店で見つけた。都会では人気もありよく目にする店なのだが、高知での店舗展開は初めてということで、オープン当初から朝晩行列ができ、連日賑わっていた。行列の中並ぶのは気が引けて、少しほとぼりがさめてからにしようと、オープン後数ヵ月ほど経って訪れたのだが、相変わらず、時間帯によっては行列ができるほどの盛況ぶりだった。
 高知の人は個人差はあれど大多数が新しいものを好む傾向があるように思う。それが、都会で人気のあるものならなおさらだが、新しいものには敏感であるように感じる。ファッションにしても高知の若者は他県に比べて流行に敏感だと聞く。私もどちらかというと新しいものには目がなく、「新発売」と聞くとついつい手がでてしまう。私も高知の人間ということだろうか。
 坂本龍馬。彼は特段新しい物が好きだったという。これも彼に高知県民の血が流れていたからなのだろうか。龍馬の「新しもの好きは」=「先見性があった」がゆえのことかもしれないが、県民性として新しいものが好きだということが影響してなくはないように思う。龍馬の血=高知県民の血、血で結論を出すことは安易な考えだと思うが、全く無関係ではない気がする。ひょっとすると、高知県民の血の中にも先見性を持つ遺伝子が隠れているのでは…。
 そう、考えているとついつい新しいものをいつも以上に真剣にみてしまう今日この頃である。

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