正月恒例の箱根駅伝を見た。
といってもテレビ観戦なので、CMが入ったり、途中コーヒーを淹れたり、別のことをしたりで、始終見ていたわけではない。寒風の中の観戦と違って、箱根の山や大手町など盛り上がった場面だけの応援は安気なものである。
それにしても今年はいつもに増して、全ての走者の健闘を讃えたいという思いが強かった。
ダークホースだった勝者・東洋大。早稲田アンカーは2位にもかかわらず仲間に申し訳ないという仕草でゴール。選抜チームの踏ん張り。棄権となり記録に残ることがなくても走り通した城西大。選手に選ばれた者、選ばれなかった者。大学生が一本のたすきをつなぐために200キロ余りの道をひたすら走る感動に理屈はいらない。
勝敗へのこだわりと走ることへのこだわりは同じものなのだろう。順位によらず、たすきを渡し、受け取る選手の顔には走ることへの誇りがにじんでいる。
一本のたすきに託す夢と誇り。
時代も同じだ。一人の力で歴史はつくれない。あまたの人生を集約して時代はつくられ、道なき道に歴史が刻まれていく。人々が、時代が、一本のたすきを次につないでいくのである。
今、時代が龍馬を希求している。龍馬のたすきは重い。しかし、後部集団で走っていた龍馬が、ごぼう抜きで先頭集団に躍り出て、一年後には大河ドラマで日本を駆けてゆく。私たち応援団にも力が入ってきた。
ゴールを切った選手たちがそのまま練習へと駆け出すように、毎日の積み重ねが勝負の強さにつながる。走るのみ。牛歩のごとく、うまずたゆまず前進するのみ。
駅伝を見ながら、私は自分自身にそう言い聞かせていた。
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一本の襷(たすき)
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