2011年2月アーカイブ

2月19日に今年度4回目のこども教室を行いました。
今回は、「ミニミニおひなさま作り」ということで3月の節句にあわせ多くの方に参加していただきました。weblog110219-2.jpg

あらかじめ準備をした紙粘土の人形土台に色紙を巻き、頭の髪のかわりとなる毛糸をのせて、お雛様・お内裏様を作ります。
用意をした10種類程の色紙の組み合わせ、そしてお人形に参加者自ら描きこむ顔の表情で一つ一つ違ったかわいらしい作品ができていました。

最後に記録として写真撮影を行いましたが、みなさんできたてのお雛様を大事に手に持ち、嬉しそうな表情を浮かべています。
そんな中、子供達に聞いてみました。
「えいのができたねぇ、作ったお雛様、お家のどこに飾るが?」
「ん~、玄関かなぁ。」
「勉強机の横に飾るが!」
「・・・。まだ、分からん。」

みなさん飾る場所はそれぞれですが、どのお雛様もきっと大事に飾られ、3月の節句を祝ってくれることと思います。

 

吉村さん

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weblogDSCN1259.jpg初めての一人旅から帰ってきました☆

一人での乗換は人生最大の山場でしたが、
応援団のおかげでなんとか成功!!
念願の虎太郎終焉の地を訪れることができました!

昨年末に降った雪がまだとけずに残る東吉野村の、
虎太郎の終焉の地は、国道から、川にかかる小さな橋を渡った所。
杉の木に囲まれた神聖な場所のように感じました。
聞いていた通り、雑草もなく、キレイに手入れされていました。

この場所は、地元では「吉村さん」と呼ばれているようです。
案内してくださった東吉野村の方も、子どもの頃に
「吉村さん」で友達と遊んだり、魚釣りをしたりそうです。

突如、大和に現れた天誅組は、当時そこに住んでいた人々にとっては
何事もなく早く通り過ぎてほしい恐ろしい存在だったと思います。
なぜこのように手厚く葬られ、現在でも常にキレイに手入れして
くださっているのか...とても不思議でした。

虎太郎の墓から少し離れたところに湯ノ谷墓地があり、
天誅組三総裁の藤本鉄石や、土佐の森下幾馬・儀之助兄弟ら6名が祀られています。
その湯ノ谷墓地の道路を挟んだ向かいにある
「きのこの舘」で昼食をいただきました。
素朴で可愛らしい雰囲気のお店で、
新鮮きのこの網焼き、きのこご飯、きのこ鍋など・・・、
おなかいっぱいいただきました☆
旅の楽しみの半分は食事にあり!ということで
ちゃっかり、しっかり満喫した旅でした☆

明日は虎太郎の故郷から津野山古式神楽がやってきます♪
虎太郎展とともにお楽しみ下さい♪
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★2月13日(日)1回目 11時~、 2回目 14時~
★高知県立坂本龍馬記念館
★津野町の物産販売や、お茶の無料サービスもあります
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weblogP1020713.jpg龍馬の先を駆けた男「吉村虎太郎」展好評開催中です☆

虎太郎は27歳の若さで天誅組を率いて挙兵、
45日後、維新の魁として散っていきました。
坂本龍馬は28歳で土佐を脱藩。
33歳で亡くなるまでの5年間で日本を新しい時代へと導きました。

私も現在27歳。
「何かしなくては!」という思いがふつふつと沸いてきました。
2011年元旦、龍馬像前で初日の出を見ながら立てた目標は、
「新しいことへの挑戦」です。

今、生まれて初めての"一人旅"を計画しています。
いつも旅行は"頼れる旅のパートナー"同僚のYちゃんと一緒ですが、
今回は一人で切符を買ったり、乗り換えをしなくてはいけません。
大きな波を越える気分です。ヽ(・∀・)ノ

行き先は虎太郎ゆかりの奈良・大阪・京都。
虎太郎に導かれて"初めての一人旅"です。
溺れることもあるかもしれませんが Σ(゜д゜;)

(^o^)ゞ 行ってきます!!!!!

 

weblog-20110201.jpg龍馬の先を駆けた男-「吉村虎太郎」展、好評開催中です☆
今回は、虎太郎展のオススメ資料をご紹介します。

「吉村虎太郎の血染めの肌襦袢」です。
文久3年(1863)8月26日、吉村虎太郎は高取城下へ夜襲をかけた際、
味方が発砲した弾が誤って虎太郎に当たり負傷します。
そのときに虎太郎が着用していた肌襦袢が現在まで残っています。
レプリカはときどき目にすることができますが、
今回は個人の方が所蔵されている
真物をお借りして展示しています。

この肌襦袢、これまでは写真でも展示でも、
「尽忠報国 土州士 吉村重郷」と書かれた(重郷は虎太郎の諱)
背中側が展示されることがほとんどでした。
ところが、今回資料をお借りしてじっくり見せていただくと、
前身頃に銃弾の跡かと思われる穴が空いていることが分かりました。
穴の周りは少し黒ずんだシミがあって、血痕ではないかと思われます。
背中側には穴が空いていません(虫食いではないということです)。
虎太郎に当たった弾は貫通せずに体内にとどまっていて、
後日、摘出手術をおこなったとの記録があります。
この穴は虎太郎が撃たれた跡かもしれないのです!
今回は、あえて前側を展示していますので、
ぜひ、実際にご自分の目で確認していただき、
148年前の虎太郎に思いを馳せてみてください。

資料借用にお伺いした学芸員さんが
「久々に資料を見て身震いした!!」
という逸品です!
この機会にぜひ実際にご覧ください。


そして、いよいよ農村歌舞伎がやってきます☆
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★高知県津野町高野農村歌舞伎「虎太郎魁大和錦」
★2月5日(土) 18:00(開場は17:30)
★高知市春野文化ホールピアステージ
★入場無料
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