龍馬からの手紙

 開館前の誰もいない展示室。企画展コーナーに入ってすぐ左にある、腰の高さの小振りな展示ケースの前で足を止める。
 中に納まっているのは龍馬直筆の本物の手紙。ガラスに顔を近づけ、しゃがんでみる。手紙との間隔はわずか。龍馬はこの紙をこれくらい近づけて書き、手にして紙面を見つめたのかもしれない。濃く、薄く、かすれ、また濃く、薄く、かすれ…。のびのびと踊るような筆遣いの文字が、言葉が、心の声が直に語りかけてくるような不思議な感覚。
 書き留められているのは龍馬の生きた時間の中の一瞬。気持ちのまま一気に筆を走らせた手紙そのものをこんな間近で目にしているなんて…。
 宛名は「乙様」。遠く離れた大事な弟の手紙を乙女姉さんは何よりうれしく読んだのだろう。全く関係のない他人ながら読ませてもらった私まで、包み込まれるような温かな気持ちになれる。
 142年の時を経て、今彼の手紙はすべて、読む人皆に宛てられた龍馬からの励ましの手紙になったのかもしれない。共感し、笑顔になり、涙がこぼれ、元気をもらい、勇気づけられ…。どれだけ時が経とうと、人の思いは色褪せないものなのだ。

弟、龍馬の手紙読む、姉、乙女...

weblog-090131.jpg

先日、女優の小林 綾子さんと、シンセサイザー奏者・作曲家の西村 直記さんが館に来られた。

実は今年、お二人に「龍馬の手紙」を読む朗読・コンサートなるイベントをお願いしてある。
来高はその第1回目の打ち合わせ。
龍馬の手紙は、館の目玉である。
中でも、龍馬が姉の乙女に宛てた手紙は、龍馬の真情にあふれている。
龍馬を人間的に理解するには最も分かりやすい資料と言っていい。
そこで小林さんに「乙女」になってもらって、弟、龍馬から届いた手紙を読んでもらう。
龍馬の心だけでなく、弟を思う姉の心も表現していただく。
資料だけでは窺えない“幕末の世界”が生まれるはずである。
西村さん作曲の龍馬の曲がサイドを固める。
館の学芸員の解説が事態をコメントする。
打ち合わせは2時間あまり。
話は一挙に確信に及んだ。
「やりましょう」小林さんの目が光った。
西村さんは「いい曲、考えます」とはや天井を見上げる。
目はつむっていた。
「あの姉ヤンに書いた手紙が読まれるがか。こそばいけんどまあえいか。たのしみぜよ。」
龍馬の声が聞えた。

本番は11月14日。高知県立美術館ホールだ。

隣の熱気

 今アメリカが熱い!
 世界中がオバマ大統領を注目しているからだ。
 それは私のようなアジアの一市民を含めた多くの人が疲弊し行き詰まった世界への「change変化」を求め、「Yes,we can!そう、できるんだ!」と、熱い思いを奮起していることに他ならない。
 ホワイトハウスに黒人の大統領が入ることの凄さ。アメリカは今、独立宣言当時の原点に返ろうとしているかに見える。久々の感動である。
 有名なリンカーンのゲティスバーグ演説にある「人民の人民による人民のための政治」。明治時代、自由と平等を掲げ土佐から起こった自由民権運動家たちの思いであり、昭和には日本国憲法に引き継がれた民主的な言葉である。その言葉を胸に、オバマ大統領は進む。
 私が子どもの頃、アメリカは輝いて見えた。アトムとともに育った私たちはアポロの活躍に心躍らせ、アメリカに自由と平等、明るい未来を感じることができた。アメリカ留学をする友が眩しかった。
 アトランタオリンピック(1996年)では、キング牧師の“夢”を思い出したが、それもつかの間、私たちはアメリカへの失望を大きくするしかなかった。日本の政治が彷徨し始めてからも長い。
 今、忍耐と理想主義を掲げながら新しいアメリカを再建しようとするオバマ大統領や米国民の熱気が海から伝わってくる。その波動は大きいようだ。
 西部劇を観、フォスターを奏で、古き良きアメリカを愛する父は、子どもの私によく言った。高知の隣はアメリカ…だと。ジョン万次郎に教えられたのかもしれない。事実、この海の向こうにはアメリカがあるのだ。
 大統領就任式を前に、私はそのことを強く感じている。

一本の襷(たすき)

 正月恒例の箱根駅伝を見た。
 といってもテレビ観戦なので、CMが入ったり、途中コーヒーを淹れたり、別のことをしたりで、始終見ていたわけではない。寒風の中の観戦と違って、箱根の山や大手町など盛り上がった場面だけの応援は安気なものである。
 それにしても今年はいつもに増して、全ての走者の健闘を讃えたいという思いが強かった。
 ダークホースだった勝者・東洋大。早稲田アンカーは2位にもかかわらず仲間に申し訳ないという仕草でゴール。選抜チームの踏ん張り。棄権となり記録に残ることがなくても走り通した城西大。選手に選ばれた者、選ばれなかった者。大学生が一本のたすきをつなぐために200キロ余りの道をひたすら走る感動に理屈はいらない。
 勝敗へのこだわりと走ることへのこだわりは同じものなのだろう。順位によらず、たすきを渡し、受け取る選手の顔には走ることへの誇りがにじんでいる。
 一本のたすきに託す夢と誇り。
 時代も同じだ。一人の力で歴史はつくれない。あまたの人生を集約して時代はつくられ、道なき道に歴史が刻まれていく。人々が、時代が、一本のたすきを次につないでいくのである。
 今、時代が龍馬を希求している。龍馬のたすきは重い。しかし、後部集団で走っていた龍馬が、ごぼう抜きで先頭集団に躍り出て、一年後には大河ドラマで日本を駆けてゆく。私たち応援団にも力が入ってきた。
 ゴールを切った選手たちがそのまま練習へと駆け出すように、毎日の積み重ねが勝負の強さにつながる。走るのみ。牛歩のごとく、うまずたゆまず前進するのみ。
 駅伝を見ながら、私は自分自身にそう言い聞かせていた。

新年に思う

 忙しなく喧騒の中に暮れた平成20年。
けじめがなくなった生活サイクルは、
多くの課題を引きずったまま、平成21年へと滑り込んだ。
 混沌世相の平成を殺伐幕末に重ね合わせると、
「平成の龍馬よ、出でよ!」巷の声が真剣である。
実際、館も入館者の皆さんから、そんな気配を感じている。
“龍馬を体感したい”
“龍馬をもっと知りたい”
“うわさに聞く龍馬はやっぱりすごい”
皆さんの感動の熱気にたじたじである。
今年予定の企画展は、その熱気に応えるに十分だと自負している。
 メイン企画は秋に予定している「風になった龍馬」(仮)。
館の創立20周年(平成23年)に向け、初めての3年連続企画である。
龍馬・勝海舟・ジョン万次郎に焦点を合わせ、
世界と海をベースに彼らの夢見た世界を追う。
夏場は、―龍馬の嫌った戦争・戊辰戦争―を予定している。
戦争のもたらすもの、その意味を考える。
いずれも思うところは「自由と平等」その先にある「平和社会」の実現よりほかにない。
 龍馬を常に頭に置きながら、「チャレンジ」「前進」。
それが館の今年の目標。宜しくお願いいたします。

侮れない子どもたち

 当館では今年9月、小学生向けの龍馬紙芝居を作成した。現在はそれを持って県内の小学校巡りをしたり、館を訪れた子どもたちに読んだりしている。まだ歴史を学ぶ前の低学年の頃から龍馬に親しんでもらいたい、というねらいで、いじめをテーマに簡単で分かりやすい内容にできている。今まで館を訪れる小学生は大抵5・6年生だったが、紙芝居を始めてから、2・3年生の来館が目立つようになってきた。とても嬉しい傾向である。
 基本的にはこちらから出向いて、1時間目の授業が始まるまでのわずかな時間を頂いて読むのだが、先日は45分頂いて、3年生に紙芝居と龍馬の話をしてきた。紙芝居の前に、子ども用パンフレットを配って龍馬のプロフィールや家族の紹介を行い、その後に紙芝居を読んだ。興味深そうに聞いてくれて、所々笑い声もあって上々の手応えだった。紙芝居後に、龍馬の行った仕事について話しをしようと考えていたが、意外にも質問の手が次々と挙がり、それに答えるだけで時間を費やしてしまった。
 最初の質問は、「龍馬が写真を撮った時は白黒写真だったんですか?」というものだった。「そうです。昔の写真は…」と答えていると、横から別の子が「昔の写真は薬品を使ってたんだよ」と教えてくれた。「えっ!そ・その通りです」(なぜ知ってるの?君は本当に小学3年生?)と思いながら私は答えました。その他「篤姫と龍馬は友達だったんですか?」など大河ドラマ関係の質問もあった。それから、パンフレットの「龍馬は新しい物好き」の文章を見て「今の高知県の人は新しい物好きで、新しいお店ができるとすぐに駆け付けて満員になるけど、龍馬も同じ高知県人なんだと思いました」という感想もあった。
 先生が「この質問で最後ね」と言ってからも4・5人手が挙がるほどで、3年生といえども侮れないなと思った45分だった。紙芝居のお陰で、今まで接する機会が無かった学年と接することができ、とても新鮮でこれからが楽しみになってきた。

過ぎ行く日々

もう師走も半ばになり、今年もあとわずか。
受付に座るとちょうど目の高さに見える歩道の上、降りそそぐように落ちゆく木の葉が風に舞う乾いた音。
その先の遊歩道にびっしりと落ちていたシイの実も今はまばら。
勤務時間前に早く来てたくさん拾ったシイの実を、家で水にくぐらせて干してきたからと、いつも明るくまじめな警備員さんKちゃんが分けてくれたのはほんのこの前だったような…。彼女の心遣いをうれしく思いながら、大喜びの娘とフライパンで煎ったシイの実はなんとも香ばしい秋の味だった。
短かった秋…。
寒い朝、「はや正月が来るぞ。…いよいよ(土佐弁:本当に)早い。」としみじみつぶやく館長。
思えば歳を重ねるごとに、月日は加速度を上げて飛ぶように過ぎていく。
展示室の龍馬の写真を目にすれば、彼の33年の生涯もまるで駆け抜けるようであったろうと思いを馳せずにはいられない。
その短い33年間、命を賭けても成し遂げたい熱い思い、心揺さぶられるできごと、すばらしい人々との出会いと交流…、あんなにも多くの手紙に書き残せるほど人に伝えたいことがあった龍馬の人生は、本当に豊かなものだったのだと思える。
信念を持って何かを成す達成感は容易に得られるものではない。
それでも様々なものを自分なりに感じながら、
心豊かに生きていきたい。
美しいものを目にする感動、人の温かな心、大切な人達とのつながり、その中で何気なく交わす会話、笑顔、さりげない優しさ、思いやり…。
足早に過ぎ行く日々だからこそほんのひとときの小さな幸福感も大事にしたい。

思いは同じ

龍馬記念館には老若男女問わず、毎日たくさんの方が来館される。
全国、はたまた海外からもやってくる。
育った土地も環境も違う人達が龍馬を知って同じ思いを抱いて帰っていく。
思いをつなげる龍馬はすごいと日々実感する。
他人と他人が分かり合うことは簡単なことではないし、時間もかかる。
けれど、何か一つでも同じ思いを持っていれば、分かり合えるのだと、たった1時間前までは全く知らなかった人達と龍馬を語って、そう思う。
龍馬は人と人とのつながりを大事にしていたが、ここで働く中で、そのことの大切さを身を持って学んでいる。
龍馬記念館で働く者として、もっともっと龍馬の魅力を伝えられるよう、思いと思いをつなげられるよう、日々頑張っていきたい。

改めて、龍馬の魅力

「 ― 拝啓龍馬殿 ―
  一介の、何の身分も力もない“普通”の男であった龍馬さんがこの日本を“センタク”したと
  いうことは同じ“普通”の男である僕に“ヤル気”と“勇気”をものすごく与えてくれました。
  何かにめげそうになった時には龍馬さんのことを想い起こし、
  失敗を恐れずに、常に前向きに頑張っていきたいと思います。
  これからも龍馬さんの事をずっと尊敬させていただきます。
  また高知の方に寄らせていただきます。

   H11,11,1 大阪 Y・N
                                  高知県立坂本龍馬記念館編集
                                 『ほいたら待ちゆうき 龍馬』より 」

どうして龍馬はこんなに人気があるのか―――

手紙などを見るとよく分かるが、坂本龍馬という人物は
とても人間味があり身近に感じられる人であると同時に、
今では考えられない、ひとつの国を動かすほどの活躍をした人でもある。
身近に感じられるから大好きになるし、
憧れの存在としてその背中を追い続けることもできる。
たとえ途中でくじけそうになったとしても、
幾多の困難を乗り越えて、なおも夢を追い続けた龍馬の行動力を思ってまた励まされる。

“親しみやすさ”と“憧れ”の両方を持ち合わせた人物はそうはいない。
それが龍馬の魅力。

夢を持つことの大切さを教えてくれた龍馬と一緒に夢の実現に向けてがんばっている人が、
日本に限らず、この世界中にたくさんいる。
そんな人たちにおススメしたいのが、

 『ほいたら待ちゆうき 龍馬』

夢の実現に向けてがんばっている人、夢を叶えた人、まだ夢の模索中の人、
みんなそれぞれ形は違うけれど
龍馬に、いや“龍馬の生き様”に励まされてがんばっている人たちのメッセージがつまった一冊です。

龍馬の見た海の「青」と、ニッポンの夜明けの「オレンジ」の表紙が目印です。
ぜひ一度ご覧ください。

ほいたら待ちゆうきね。

生涯無料

 いよいよ始まった。
インターネット龍馬検定上級編である。
スタートから1週間に足らぬが、30人がチャレンジしている。
しかし今のところ合格者はいない。
学芸員が練りに練った問題だし、
合格点90点のハードルも厳しい。
“難し過ぎるかも”ふと、そんな思いが胸をよぎった。
ただ、それだけに合格者には、館も大いに敬意を払っている。
坂本龍馬記念館の生涯無料パス、
それに「龍馬SK大使」つまり龍馬の“知識普及員”としての称号を贈ることになっている。
100点だと2泊3日の旅行付き。
館としては思い切った賞品である。
 100点続出などの事態は、
うれしさ半分、正直、懐算用に泣きべそだろう。
“難しいかも”と懸念したその翌日その思いは吹き飛んだ。
皆さんじりじり点数を上げてきているのだ。
すでに80点台を記録した人も数人。
 第一号上級合格者の姿が視界に入ってきたように思う。
その日は近い。そう感じる。

5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15