現在、龍馬記念館では「幕末土佐の刀剣と鍔」展が開催中だ。
龍馬は刀剣好きだったというが、私自身はどちらかというと刀剣よりも鍔の方に興味を持った。
鍔を間近で見るのは今回が初めてだったが、見ていてあきのこない面白さがある。
細やかで丁寧な装飾が施されており、その中でも興味を惹かれたのは、兎の形をした鍔で、毛の一本一本まで描かれており、思わず見とれてしまう。
派手さはないが、小さな鍔の中に「書」や「水墨画」のような色のない色彩感覚を感じることができる。
これが職人技というものだろうか。
龍馬は新しいもの好きで色々身につけていたが、龍馬に限らず武士はなかなかハイセンスなものを身につけていたように思う。
開催期間中、じっくりと当時の美意識を勉強したい。
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学芸員の仕事をしていて、「得をしたなぁ」と感じる瞬間があります。学芸員は展示や調査などの目的で、“お宝”と呼べるような逸品に触れることができるのです。
今、9月1日から始まる『幕末土佐の刀剣と鍔』展の準備で、色々な刀を借りて廻っていますが、刀剣ファンならよだれが出そうな素晴らしい刀を何点かお借りしています。その刀を手に取り眺めていると、本当に役得を感じてしまいます。間近で見る日本刀はとても美しく、魅入られて何本も収集する方の気持ちがよく分かります。
刀の他にも、今年は当たり年なのか、役得を感じることが既に何回もありました。ある所で、幕末史を研究する上で非常に重要な資料が発見され、いち早く見せていただけたのも役得だと思います。
また、個人の方から世界的にも珍しい時計を見せていただいたこともあります。幕末に活躍した志士が拝領した物で、ご子孫の家に伝わっていました。博物館でもめったに展示されることがない種類の時計で、本の中でしか見たことがありませんでした。まさに“お宝”中の“お宝”です。私は時計好きなので、一度は見てみたいと思っていましたが、まさか手にする機会に恵まれるとは思っていませんでした。これこそ役得以外の何ものでもありません。
今年巡り会った貴重な資料の数々は、まだまだ調査が必要な段階ですので、公表はできていません。しかし、いずれ公表されたあかつきには、当館でも展示できるように努力したいと思っています。ご期待ください。まずは、その第一弾として美しい日本刀や鍔を展示しますので、ぜひ足をお運びください。
これを書いていた今日、偶然にもまた一つ興味深い資料と巡り会うことができました。今年は本当に当たり年です。
夜、信号待ちの車窓から景色を見る。
川面にゆらめいて広がる淡い金色の輝き。
見上げれば漆黒の空に雲に包まれ眩い光を放つ真丸な月。
浮かび上がる浦戸大橋のシルエット。
見慣れた昼間の風景とは別世界にも思われた。
昼間多くのお客様で賑わう龍馬記念館。
8月の土日は夜8時までの開館。
夜のとばりが降りたあとの2階展示室。
照明にてらし出される近江屋八畳間。
あの龍馬運命の日へと誘われるような夜の闇と静寂を
ガラス張りの展示室の向こうに感じて…。
昼間とはまた違う何かを感じに
夜の龍馬記念館に足を運んでみられませんか。
館の「海の見える・ぎゃらりい」に新しい出会いの風が吹いている。
「珊瑚とジュエリー“和”のコラボレーション」というタイトルで、谷内信之氏、森謙次氏の2人の作品が加わった。
谷内氏は珊瑚に銀製品を中心としたジュエリーで「和と龍馬」を、森氏は珊瑚の他に鯨歯・猪牙・鹿角・木彫を使用して根付を中心に「ユーモア」をそれぞれ表現している。
作品は30点あまり。ショーケースの中を覗き込むと、細かくリアルな小品が、自由と無限の広さをを感じさせ時間さえ忘れさせる。
また、そばに飾った2人の写真が楽しい。高知市内の武家屋敷で写したという。和服姿の2人が、縁側に座って話をしている。とても晴れやかにいい顔をしている。取り巻く空気がよい。手を広げて2人は何を話しているのだろう?話題を想像していると、きっと龍馬もこのように気の合った仲間同士、“新しい日本造り”を語り合っていたのだろうと、その姿がダブって見えた。
とにかく是非一度、ご覧になってみて下さい。彼らの作品を。
「館長サン、ここのところお客さん多いでしょう!」朝、出勤と同時に清掃のおばちゃんに声をかけられた。
にっこりの挨拶、声が弾んでいる。
「当然、夏休みお盆も近いし」と階段を下りながら私。
「いえ、特に今年はお子さんの姿が多いのでは、そうですよ」
「なんで?何で?また」
「ガラスに小さな手型が多いのです」
おばちゃんが喜んでいた。
言われて展示ケースを蛍光灯の光の下ですかして見ると、なるほど転々と小さい手型が踊っている。
お父さんが、覗き込んでいる展示ケースの中を、背が足らないお子さんがぶら下がった拍子に付いたらしい、読みにくかったのだろうか、擦ったり、じっと手を突いていたものまで色々ある。
その手型をつけた子供らの姿を想像するのも楽しい。
今日も、子供の声が館内にこだましている。
時に、ぐずる幼児の声も混じる。
テレビから「ウオーウオーウオウオーウオ…」
そうアニメ「おーい竜馬」がかかっている。
子供も、大人も一緒になって今日は龍馬の一日。
町は“よさこいまつり”。
龍馬も踊っているかもしれない。

龍馬記念館の入館者が龍馬に寄せた手紙「拝啓龍馬殿」が一冊にまとまった。
一年がかりの労作である。
題して「ほいたら待ちゆうき 龍馬」=その意味は、そしたら待っていますから、龍馬=である。
新本の香りも新しい。
何より、作家1,500人である。
いや、12.,000通の中の1,500通だから、皆さんの代表である。
一通、一通に人生がある。
悲喜こもごも。同じものは無い。
校正途中で何度筆が止まったことか。
ひとりうなずくことも。
胸熱くも。
小説よりもドラマティックで、ドキュメンタリーより真実である。
これほど皆さんに“読んでもらいたい”と願う本は無い。
読後の感想を語り合いたいとも思う。
不思議な一冊だ。
今日も鞄に入れている。
高知の「さんさんテレビ」(フジ系)の、毎週金曜日夕方のスーパーニュースの中で、「龍馬と私」というコーナーが話題になっている。
地元局制作の5週連続で、昨日4回目が終わった。
内容は、龍馬記念館入館者の皆さんの中で、龍馬に手紙を書いたその筆者を取材したものである。10分そこそこのリポートだが、面白い。瞬間ジンときたりもする。それぞれの龍馬への思いが、それぞれの人生で綴られる。
震災、若さゆえの挫折、外国でのチャレンジ、戦争。
年代も、生活エリアも違う皆さんが「家族」のキーワードでしっかり結ばれている。
教えるのは、そう、「龍馬」。「龍馬さん」「龍馬サマ」「リュウマ」
桂浜の龍馬像ははるか水平線を見やっている。
波の音、夏雲の広がり。蝉の声。
沖ゆく貨物船の船腹に白いラインが揺れる。
風はほんの少しだ。
「龍馬と私は」あと一回。8月1日の金曜日である。
館のインターネットを使った「龍馬検定」のアクセスが1万件を突破した。
3ヶ月での達成である。
さすが龍馬さんの実力だと思う。それだけ、広く浸透しているということになろう。
25問、1問1分の制限つき。
これが思ったよりプレッシャーだ。
現時点で100点を3割ぐらいが占めている。
まだ徐々に増えてきている。
つまり、1度敗れて、なにくそ!もう一回!のチャレンジ組がいるらしい。
実は私も、3回アタックした。
100点「見事ぜよ」キャラクターの龍馬君にほめられて、
パソコンの前で独りニヤついている。
8月から、中級編の開始。
これは有料である。
よほど自信なくして挑戦できまい。
ただし、それなりに賞品を用意する。
それも12月開始の上級編の前哨戦。
中、上級合格者の氏名は、館内の目に付くところに表示したいと考えている。
大沢の“親分”は日曜の朝のテレビ番組でスポーツ選手に喝を入れる。
アントニオ猪木は頬をひっぱたいて喝を入れる。
龍馬はもうこの世にはいない人なのに、その存在が多くの人に喝を入れている。
スゴイと思う。
出版社のAさんが、このところ、龍馬記念館に日参である。
日を追うごとに足どりが軽くなってきた。
口も軽い。
笑顔も出てきた。
Aさんには、今回、龍馬記念館の入館者が龍馬に寄せて書いた手紙「拝啓龍馬殿」の製本化を依頼している。これは手紙12,000通から1,500通を選び一冊にまとめたものである。本の題名は土佐弁で「ほいたら待ちゆうき 龍馬」。訳すと、龍馬が「分かった、待っていますよ」という意味。作業に着手してから1年になる。いよいよラストスパートに入った。
ただ、ここにくるまでに、Aさんとは幾度となく意見が衝突した。
その苦労がやっと実ろうとしているのだ。
笑顔のAさんが今や主導権を握った。
「さあ、皆さんがどう反応してくれるか。内容は言うことなしなんだから」
Aさんは龍馬ファンでもある。龍馬とファン、両者は“個人回線”で繋がっている。会話は心のやり取りである。
「龍馬監修の“心の辞書です”」AさんのVサインは肩の上であった。
本は月末から全国の書店に並ぶ。

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