先日、龍馬の脱藩ルートである梼原町へ行ってきた。梼原龍馬会の方に招かれて行ったのだが、お土産に梼原町で作っている「お山のドレッシング」を頂いた。「あっさり味」と「こってり味」があり、これがこじゃんと旨い!今まで食べたドレッシングの中で最高と言ってもよい。特に「こってり味」が気に入った。今までより野菜が数倍おいしく感じられ、最近サラダを食べるのが楽しみになっている。添加物や化学調味料の類が一切入っていないので、体にも良い。
容器に貼ってある説明書きには、ナスを揚げてかけるとおいしい、と書かれてあったので、それも試してみたが絶品だった。また、冷しゃぶのドレッシングとしても大変合う。
難を一つだけ言えば、保存料も入っていないため、消費期限が短い点だ。これも体に良いが、買い置きができない。高知市内で売っている所を知らないため、近々梼原の太郎川公園まで買いに行かなければならないと思っている。実家の家族も気に入ったらしく、買ってきて欲しいと頼まれている。高知市から車で2時間かかるが、買いに行く価値のある一品だ。
龍馬ファンの皆さん、脱藩ルートを辿る時には、ぜひ買ってみてはいかがですか?味見をしたい方は、梼原町太郎川公園内にあるレストラン「くさぶき」で食べられるようです。
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記念館周辺の桜はほとんど葉桜になっている。桜を楽しめるのはほんの一瞬で、その短命さがまた美しい。
記念館では現在2階企画展示コーナーで「刀は“語る”坂本龍馬記念館所蔵品」展を開催している。展示ケースには刀が並び、その後方に慎太郎、半平太、龍馬を描いた公文菊僊の掛軸がかかっている。
朝、ケースを見ると描かれた慎太郎の立像に桜の枝が寄り添っていた。まるで掛軸に描かれているかのようにバランスよく桜が収まっていた。ガラスに映り込んだ桜の樹である。
私はそれを見た時、以前観た舞台とドラマの一場面を思い出した。満開の大きな1本の夜桜にライトが当たり、地面には花びらが幾重にもなって落ちて行く。「その桜の樹の下には短い命を惜しげもなく散らしていった人々の魂が眠っている。」と言ったナレーションが入った。あまりにも昔で記憶が定かではないが、そういった内容だったことは覚えている。ライトアップされた花の異常な赤さが印象的に蘇る。
まさに、幕末の志士たちとシチュエーションが重なった。映り込んだ桜が描いた偶然の掛軸。その全ての一致が胸を熱くした。
桜には特別な想いがある。その潔く限られた時を大切にしたいと思う。
4月になって、記念館周辺の桜が満開である。
県道から館への導入路も、行き着いた先の駐車場もピンク化粧だ。
そして1週間も経つと、早、はらはらと落ちかかり、道路が花びらの絨毯になっている。
館では今年、季節のカレンダー制作を企画している。
そのために館を取り巻く四季を昨年から写真に収めてきた。
1月、2月の透明な海。一文字の水平線は緊張感さえ感じさせる。
3月は、ジャコ漁、豊饒の海である。そして4月とくれば、これは桜しかない。
「早く撮らないと、散ってしまいますよ」。
職員さんに言われて、カメラを持って外に出た。
こぼれんばかりの桜に、圧倒される。館を背景にパチリ、パチリ。
「桜」「船中八策の広場」「ガラス張りの館」「海」「空」。
アングルには事欠かない。
「ここにもいい所がありますよ」と教えられたのは、なんと2階の展示室であった。
「桜テーマだから」「まさに桜ですよ」
「屋内じゃあ」「まあ来て、これを見てください」
展示室では、現在常設展「刀は語る」の展示中。
メインに5振りの刀が光っている。
刀の背後には龍馬、中岡慎太郎、武市半平太らの掛軸。
「ほら、ここから見てください」促されて示された場所に立って驚いた。
展示ケースのガラス面に玄関外の桜がくっきり映っているではないか。
桜の下を行く龍馬らの姿がある。時代を暗示する刀。
「たまたま、この光景を見てなんだか胸が熱くなりました」。その職員さんの感想であった。
展示ケースに映った桜が、カレンダーに登場するかも知れない。
晴れ、雨、晴れ、雨…。これに寒暖が加わる。わずか一週間の間での季節の変化だから、気を抜くと風邪にやられる。春のおとないは気を持たせながら、やって来る。
龍馬記念館に来た“はる”は大阪から、クレーン車でやって来た。
まるで晴れ着衣装で着飾ったかのごとく、分厚く梱包されていた。
「エアタイト型展示ケース」という。ケース内を密閉状態にするのが特徴で、つまり、中に展示された資料は破損されない、いや、厳密には破損されにくい。
博物館や美術館では企画展ごとにお互い資料の貸し借りが行われる。重要、貴重な資料になればなるほど当然慎重になる。
そんな時「エアタイトにしてくださいよ」。貸すほうから指定される。持ってない場合は、展示ケース自体を借りてこなければならない。算段がつかぬ場合は、資料を借ること自体が不可能になったりもする。
龍馬記念館も美術館から借りた経験がある。企画展のグレードを上げるためにも、目の肥えた入館者の要求に応えていくためにも、エアタイト式展示ケースの設置が望まれていた。それが、今回一挙に4基入った。かなり充実した展示が可能になった。
クレーンで下ろされ、地下2階のドアをくぐって、企画展示室の中央に腰を据えた。「ちかっ」とライトが入る。一見、他の展示ケースと何ら変わりはない。入館者の皆さんも気づきはしまい。しかし、なんとなく頼もしげに見えるのだ。
近じか、驚くような資料をこの展示ケースで、お見せすることが出来ると確信している。
2月の末に記念館2階から1階へ通じるスロープの壁面に、ポスターを掲示する枠付きボードが設置された。昨日までは「幕末写真館」展と次回の企画展「出会いの達人・龍馬」のポスターを貼ってあった。15枚ポスターが並ぶと結構壮観であり賑やかだ。
「幕末写真館」展では思うところ、反省すべき点もあったけれど、お蔭様で昨日無事幕を降ろすことが出来た。そしてこの企画展に携わったことで、色々なことを知り、多くを学んだ。
アンケートの集計結果を見ると、ポスター・チラシを見てこの企画展を知ったという方が大変多かった。いかに地道にこの基本的な宣伝活動をするかという事の大切さである。
先日“アートボード”の定期総会に初めて出席した。“アートボード”とは、地元の方ならご存知の方もいらっしゃるでしょう。高知の繁華街、帯屋町商店街のアーケードの1本南側おびさんロードで(みずほ銀行裏側)展覧会やイベントのポスターを貼れるガラス扉付、鍵付の掲示板のことである。街行く人がちょっと足を止めてポスターを眺めてゆく。14,5枚違ったポスターが並んでいるので、自然と人々は興味のあるポスター前に立ち止まる。当記念館も、「幕末写真館」展から利用させていただき、総会参加への運びとなったわけだ。アートボードもこのシステムを始めて10年目を迎えるそうである。年に1度は「いい感じポスター展」も開催し、街行く人達にその年に展示されたポスターに投票をしていただき、「いい感じポスター賞」を表彰しているそうである。
それぞれ皆さん高知を楽しめるよう、また好い街になるよう、思いを込めて創意工夫をされていることがひしひしと伝わってきた。そして、やはり地道に活動されている。
今年は5月25日に「いい感じポスター展」が「おびさんマルシェ」に参加して開催されるそうだ。興味のある方はご覧になってみてはいかがだろうか。
願わくば、アートボードのようなものが、街中あちらこちらに設置されると、高知市の繁華街にももっと活気が出てくるのではないだろうか??
とにもかくにも、まずは龍馬記念館のポスターをあちらこちらで目に触れられるようにしていきたいと思っています!
日々春めく景色に心浮きたつ3月。
館駐車場の早咲きの桜はもう満開。ふくよかなピンクの花に思わず手を添えるとほっと心も和む。花咲く春の到来。
花といえば、冬の間も館内でひそかな人気を集めたのが、鉢植えの土佐寒蘭。香りをかいでみる人もいるほどだが実は和紙でできていて、人間国宝の方が漉かれた土佐和紙を使い、土佐和紙工芸作家の伊与田節子さんが紙に命を吹き込むように制作されたもの。
龍馬にはさほど興味なく退屈そうに館内を巡るお客様でも、この土佐寒蘭の前では必ずといっていいほど足を止め、とても熱心に鑑賞していかれる。これにはさすがの龍馬も形無し。
花の美しさはどんな人の心をも動かし、引きつけて止まない。
龍馬の甥の孫、坂本直行さんが愛し描き続けた、厳しい北の大地に咲く花々。昨年その絵画の企画展に例年に増して多くの方々が足を運んでくださったことも思い出される。
龍馬もある花の印象を姉乙女への手紙に綴っている。
最愛の女性お龍さんを伴って旅した、鹿児島の霧島山。そこに「オビタゞシク」(「」内は龍馬の文面。)咲いていた霧島つつじ。「なる程きり島つゝじが一面にはへて実つくり立し如くきれいなり」。二人仲良く「はるバるのぼり」、お龍さんの手を引き、山上で大いに笑い合った。かけがえない大切な人との思い出にそっと寄り添う花。
後年お龍さんが龍馬を偲ぶ時、龍馬の面影とともにこの霧島つつじの記憶がよみがえったかもしれない。
人それぞれ、様々に花を思う。
花々がもたらしてくれる喜びを感じながら春を満喫しよう。
「出会いの達人」。へえーそんな“達人”がいるんだ?。聞いた時には一瞬シラケてしまいそうだが、「龍馬のことだよ」と説明されると、「なるほど、そうだな」と、一も二もなく納得してしまう。剣術だけでなく、そういえば何につけても龍馬は“達人”なのである。
行動範囲の広さからして、“早足の達人”、桁外れの想像力から言えば、“知恵の達人”、女性のファンも多かったらしいから、“恋の達人”。大金にしろ小金にしろ、お金を他人から引き出すのが上手かったことからすれば、“借金の達人”。ブーツやピストル新しい物に目がないのは、“流行の達人”。まだあるぞ。子供の時には10歳越えて不始末していたから、“おねしょの達人”。
ああ、ただ一点、“無警戒の達人”だったことだけは悔やまれる。しかし、“人間の達人”であったことは紛れもない。
館では、4月19日から「出会いの達人・龍馬」展を開催する。前期を友情編、後期を恩師編として130日に及ぶ特別企画展である。桂小五郎、高杉晋作、西郷隆盛、中岡慎太郎、勝海舟、横井小楠、河田小龍…。幕末を動かし近代日本の土台を築いた面々が貴重な資料と共に登場する。“達人”の腕前をじっくり披露できる企画展にと、“龍馬の達人”を目指す学芸員が作戦を練っている。乞うご期待である。
「カムサハムニダ」韓国語で「ありがとう」という意味だ。
最近、記念館を訪れた韓国人観光客の方にそう言われた。日本語でなくとも意味さえわかっていれば、言われた時うれしい。韓国語を少し知っていて良かったと思った。記念館を訪れる韓国の方は多い。韓流ブームもあって、いまではすっかり身近になった隣国であるが、まだまだその文化には知られざる側面がある。
私も昨今の韓流ブームに乗っている1人なのだが、ここ最近、はまったドラマがある。韓国を初めて統一した実在の人物をもとに描いた歴史ドラマで、なかなか見ごたえのあるものだった。しかし驚くべきことに、このドラマなんと全80話近くある。日本では考えられない放映回数だが、韓国では当たり前のことらしい。当時このドラマが始まる時間帯になると街から人の気配が消えたという。それだけ、皆、自分達の国の歴史に興味があるのだ。
自分達の過去を知ることは今を知ることになり、そして、未来を知ることになると何かで聞いたことがある。たしかにそうかもしれない。過去の歴史を知ることで変えられる今や未来がある。
記念館に勤め始めて歴史をより身近に感じる今日この頃だが、これからもより多くの歴史に触れ過去を知りたいと思う。過去から学べる今を見つけられるように。
和服姿の3人の女性が「坂本龍馬記念館」に現れた。
皆さん背筋が伸びておられる。
応接室がびんとシマって華やいだ。
「装道」=そうどう=
舗装した道ではないだろうし…
聞き慣れぬ言葉に、一瞬詰まった。不勉強も恥じた。
それを、見透かしたようにやんわり説明いただいた。
着物姿に「装道」だから着物に絡むことだとは少しは想像した。
「単に着物の着方とかではなくて着物を着ることで、人の心、礼儀作法を学び、内面から美しくなろうというという“道”です」
説明を受けて納得である。
「お節句、お正月、節分…現代のドサクサに紛れて薄れていくしきたりは“日本の心”の喪失です。こんな世の中だからこそ、失ってはならぬと思います」。説得力も充分。「だから子供たちに伝えたい」と念をおされ「龍馬記念館と何か一緒にやりましょう」。身を乗り出していた。
それで一つ提案があった。
桂浜での“時代パフォーマンス”。単なる仮装大会ではなく、自宅の箪笥深く仕舞ったままの古い着物や服を取り出し、袖を通して桂浜をあっちぶらぶら、こっちぶらぶら、空気を“昔”にしようというものである。折から県下は“であい博”。ならば「時代との出会い」。その日一日、桂浜は昔に戻る。昔から今を考える。
面白いと思う。
“龍馬の見た海”が、時折かすむようになった。
西の山を見れば、頂上付近は雪化粧だ。
遥かなる水平線に雪の峰々。
冬と春とが競争を始めた。
突然というか、機が熟したというのか桂浜に一陣の風が起こった。
浦戸住民皆さんが巻き起こした思いの風とみる。
熱い、熱い。「桂浜再生促進協議会」という。
「坂本龍馬記念館」もその風の中にある。
根底にあるのは、このところ低迷している桂浜の活性化にほかならぬ。
龍馬思想の普及、新たな龍馬ファン獲得を目指す館にとっては由々しき問題に違いない。
熱い風が渦を巻きだした。
浦戸は昔、漁業で栄えた。船を持っていた。新造なると記念に大漁旗や祝いの旗を作った。皆で祝った。そんな旗類、現在は押入れの奥く深くにしまわれている。この旗をもう一度取り出して、桂浜をその旗で埋めてみては、そんなアイデアが提言された。ちょうど4月20日(日)は桂浜の「龍宮祭」。歴史を刻んだ古い旗は迫力だと思う。
祭りの景気付けにもなるから一石二鳥、いや、折から高知は「花・人・土佐であい博」開催中。一石三鳥だ。
砂浜を埋め尽くした祝いの旗が、桂浜を訪れた観光客を迎える。まさに浜ごと“出会い”ではないか。それに動き出したのが平均年齢だと70歳に近い、昔ならじいさん、ばあさんパワーというのもユニークである。
息子の代、孫の代への“これは責任”と頑張っている。
祝い旗、大漁旗で埋まった桂浜。想像するだけで、胸が躍る。

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