虎太郎展オススメの逸品2

weblogDSC_0003.jpg「龍馬の先を駆けた男-吉村虎太郎」展、好評開催中です☆
受付で「虎太郎展はどこですか?」と聞かれることも多く、
虎太郎展を目当てにきてくださっている方も多いようです。

さて今日は吉村虎太郎展の展示資料の中から
「吉村虎太郎の銀の陣中箸」をご紹介いたします。
これは、文久3年9月25日、敗走していた虎太郎が、
匿ってもらった堂本家を出発する際にお礼として残していったものです。
持ち手部分はべっ甲、先端部分は銀でできてて、
大きさは20センチ程、持ち運びがしやすそうです。
今流行りの"マイ箸"のよう。
虎太郎もエコだったんですね♪

先日、天誅組の三総裁のひとり松本奎堂の出身地である
愛知県刈谷市の市長さんがご来館された際、
このお箸をご紹介したところ、
「銀は毒に反応するからだねぇ」
という話を教えていただきました。
昔は、ヨーロッパの王様も、毒が入っていればすぐに分かるように、
ワインを銀の杯で飲んでいたとか。

虎太郎展の期間中、こうしてお客様から教えていただくことも多く、
説明を加えたりと、内容を充実させていっています。
また、新たな資料をお借りして追加しておりますので
何度お越しいただいてもお楽しみいただけることと思います。

「龍馬の先を駆けた男-吉村虎太郎」展、
あと一ヶ月をきりました!
虎太郎関係の資料を一堂に集めた、またとない機会です。
ぜひぜひお越しください。

今週末には虎太郎の故郷から津野山古式神楽がやってきます♪
虎太郎展とともにお楽しみください♪
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★3月13日(日)1回目 11時~、 2回目 14時~
★高知県立坂本龍馬記念館
★虎太郎グッズ、津野町の物産販売、お茶の無料サービスもあります
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こども教室~ミニミニおひなさま作り~

2月19日に今年度4回目のこども教室を行いました。
今回は、「ミニミニおひなさま作り」ということで3月の節句にあわせ多くの方に参加していただきました。weblog110219-2.jpg

あらかじめ準備をした紙粘土の人形土台に色紙を巻き、頭の髪のかわりとなる毛糸をのせて、お雛様・お内裏様を作ります。
用意をした10種類程の色紙の組み合わせ、そしてお人形に参加者自ら描きこむ顔の表情で一つ一つ違ったかわいらしい作品ができていました。

最後に記録として写真撮影を行いましたが、みなさんできたてのお雛様を大事に手に持ち、嬉しそうな表情を浮かべています。
そんな中、子供達に聞いてみました。
「えいのができたねぇ、作ったお雛様、お家のどこに飾るが?」
「ん~、玄関かなぁ。」
「勉強机の横に飾るが!」
「・・・。まだ、分からん。」

みなさん飾る場所はそれぞれですが、どのお雛様もきっと大事に飾られ、3月の節句を祝ってくれることと思います。

 

吉村さん

weblogDSCN1259.jpg初めての一人旅から帰ってきました☆

一人での乗換は人生最大の山場でしたが、
応援団のおかげでなんとか成功!!
念願の虎太郎終焉の地を訪れることができました!

昨年末に降った雪がまだとけずに残る東吉野村の、
虎太郎の終焉の地は、国道から、川にかかる小さな橋を渡った所。
杉の木に囲まれた神聖な場所のように感じました。
聞いていた通り、雑草もなく、キレイに手入れされていました。

この場所は、地元では「吉村さん」と呼ばれているようです。
案内してくださった東吉野村の方も、子どもの頃に
「吉村さん」で友達と遊んだり、魚釣りをしたりそうです。

突如、大和に現れた天誅組は、当時そこに住んでいた人々にとっては
何事もなく早く通り過ぎてほしい恐ろしい存在だったと思います。
なぜこのように手厚く葬られ、現在でも常にキレイに手入れして
くださっているのか...とても不思議でした。

虎太郎の墓から少し離れたところに湯ノ谷墓地があり、
天誅組三総裁の藤本鉄石や、土佐の森下幾馬・儀之助兄弟ら6名が祀られています。
その湯ノ谷墓地の道路を挟んだ向かいにある
「きのこの舘」で昼食をいただきました。
素朴で可愛らしい雰囲気のお店で、
新鮮きのこの網焼き、きのこご飯、きのこ鍋など・・・、
おなかいっぱいいただきました☆
旅の楽しみの半分は食事にあり!ということで
ちゃっかり、しっかり満喫した旅でした☆

明日は虎太郎の故郷から津野山古式神楽がやってきます♪
虎太郎展とともにお楽しみ下さい♪
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★2月13日(日)1回目 11時~、 2回目 14時~
★高知県立坂本龍馬記念館
★津野町の物産販売や、お茶の無料サービスもあります
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はじめての一人旅

weblogP1020713.jpg龍馬の先を駆けた男「吉村虎太郎」展好評開催中です☆

虎太郎は27歳の若さで天誅組を率いて挙兵、
45日後、維新の魁として散っていきました。
坂本龍馬は28歳で土佐を脱藩。
33歳で亡くなるまでの5年間で日本を新しい時代へと導きました。

私も現在27歳。
「何かしなくては!」という思いがふつふつと沸いてきました。
2011年元旦、龍馬像前で初日の出を見ながら立てた目標は、
「新しいことへの挑戦」です。

今、生まれて初めての"一人旅"を計画しています。
いつも旅行は"頼れる旅のパートナー"同僚のYちゃんと一緒ですが、
今回は一人で切符を買ったり、乗り換えをしなくてはいけません。
大きな波を越える気分です。ヽ(・∀・)ノ

行き先は虎太郎ゆかりの奈良・大阪・京都。
虎太郎に導かれて"初めての一人旅"です。
溺れることもあるかもしれませんが Σ(゜д゜;)

(^o^)ゞ 行ってきます!!!!!

 

虎太郎展オススメの逸品

weblog-20110201.jpg龍馬の先を駆けた男-「吉村虎太郎」展、好評開催中です☆
今回は、虎太郎展のオススメ資料をご紹介します。

「吉村虎太郎の血染めの肌襦袢」です。
文久3年(1863)8月26日、吉村虎太郎は高取城下へ夜襲をかけた際、
味方が発砲した弾が誤って虎太郎に当たり負傷します。
そのときに虎太郎が着用していた肌襦袢が現在まで残っています。
レプリカはときどき目にすることができますが、
今回は個人の方が所蔵されている
真物をお借りして展示しています。

この肌襦袢、これまでは写真でも展示でも、
「尽忠報国 土州士 吉村重郷」と書かれた(重郷は虎太郎の諱)
背中側が展示されることがほとんどでした。
ところが、今回資料をお借りしてじっくり見せていただくと、
前身頃に銃弾の跡かと思われる穴が空いていることが分かりました。
穴の周りは少し黒ずんだシミがあって、血痕ではないかと思われます。
背中側には穴が空いていません(虫食いではないということです)。
虎太郎に当たった弾は貫通せずに体内にとどまっていて、
後日、摘出手術をおこなったとの記録があります。
この穴は虎太郎が撃たれた跡かもしれないのです!
今回は、あえて前側を展示していますので、
ぜひ、実際にご自分の目で確認していただき、
148年前の虎太郎に思いを馳せてみてください。

資料借用にお伺いした学芸員さんが
「久々に資料を見て身震いした!!」
という逸品です!
この機会にぜひ実際にご覧ください。


そして、いよいよ農村歌舞伎がやってきます☆
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★高知県津野町高野農村歌舞伎「虎太郎魁大和錦」
★2月5日(土) 18:00(開場は17:30)
★高知市春野文化ホールピアステージ
★入場無料
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虎太郎展関連イベント盛りだくさん

weblog-20110123.jpg龍馬の先を駆けた男-「吉村虎太郎」展、好評開催中です☆

虎太郎の出身地で、今回の企画展でもご協力いただいている
津野町の教育長さんからは「感無量!」とのお言葉をいただきました。
大好きな虎太郎の展示を担当でき、そのお言葉をいただくことができ、
私こそ感無量です(>_<)!!!


その津野町からの出張イベントが期間中5回おこなわれます。

本日、第1回目のイベント「花取り踊り」がおこなわれました。
"花取り踊り"は、戦の際に敵の気を引くために舞ったと言われています。
山鳥や長尾鳥の尾羽で作った飾りを頭に被り、
背には5色の布を垂らした出で立ちの子供たちが、
太刀を手に勇壮に舞う姿は、戦国武将をしのばせます。

津野町からの出張イベントの予定はこちら
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●「花取り踊り」・・・2月27日(日)
●「津野山古式神楽」・・・2月13日(日)、3月13日(日)
※いずれも1日2回公演(1回目は午前11時、2回目は午後2時)
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当日は、津野町の方によるお茶の無料サービス、
お茶やケーキなどの物産販売などもおこなっております。


また、2月5日には農村歌舞伎「虎太郎魁大和錦」をおこないます。
津野町では、4年に一度、町民による農村歌舞伎が高野の廻り舞台でおこなわれています。
演じている方も、見ている方も、同じ町の方、アットホームな雰囲気の中でも、
プロの方から指導していただいた本格的な歌舞伎を楽しむことができます。
昨年は虎太郎を題材にした演目「虎太郎魁大和錦」が新たに創られ上演されました。
その農村歌舞伎の高知公演を、虎太郎展の関連イベントとしておこないます。
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★日時 2月5日(土) 18:00(開場は17:30)
★場所 高知市春野文化ホールピアステージ
★入場無料
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4年に一度、津野町に行かなければ見られない農村歌舞伎を
高知で見られるまたとない機会ですので、
ぜひ多くの方にお越しいただきたいと思います。
申し込みは不要、当日直接会場へお越しください。

吉村虎太郎展とともに、津野町からの出張イベントをお楽しみください♪

龍馬スピリットと青い海

weblog-110117.jpg元旦にスタートした「現代龍馬学会パネル展」。大変好評です。
ブルーの太平洋を背に、ずらり並んだパネルを熱心に読む人、メモをとる人、そして、パネル前で記念撮影する人。
みなそれぞれのスタイルで、展示を楽しんでくれています。 

中でも若者に一番人気は、十和村の森田須磨子さん(83歳)の堂々たる筆書きの「飛翔 空中八策」。
世の中から争いをなくし、平和な世界を!と訴える熱い熱い龍馬思想です。

それをバックに記念写真を撮影する若者が結構多い。
ちょっと聞いてみると、
「とにかくかっこいいから」
「龍馬観が熱い、カッコイイ!」という。なるほど~!

真っ青な水平線をバックに、
みなさんも感性豊かな「新しい龍馬」を見つけてくださいね。

weblogtorataro.jpg2011年1月11日、偶然にも「1」が並んだこの良き日
土佐藩脱藩第1号の吉村虎太郎展スタートです☆

虎太郎はあまり知られていない、
でも知っている人からは熱烈に愛されている人物です。
私も何度かこのうみまどでも書いていますが、
虎太郎が大好きです♪
というわけで、今回は虎太郎ファンが企画する虎太郎の展示です。

伝えたいことは、ただ一つ。
虎太郎のカッコよさです☆
まず、私が一目ぼれした銅像の写真を
高さ2メートル40の和紙に印刷したものをバシッと展示。
次に、虎太郎の手紙(文字)です。
虎太郎の手紙はクセの強い右上がりの文字が特徴的で、その文字からまっすぐに生き抜いた虎太郎が伝わってきます。

そして、とにかく吉村虎太郎という人がいたことを知っていただきたい、
ということでパネルにもひと工夫しました。
今回は、職員Yさんにパネルの挿絵を描いてもらい、
子ども用の解説文とイラストを見ていただくと
虎太郎を理解していただけるようなパネル展示にしています。

資料展示も必見です!
「吉村虎太郎の血染めの肌襦袢」
高取城下へ夜襲をかけた際、味方の発砲した弾に当たり負傷した虎太郎が着ていたもの
「吉村虎太郎の銀の陣中箸」
敗走中の虎太郎が、匿ってもらった堂本家を出発する際にお礼として残していったもの
この他にも、別の視点から虎太郎を見るということで、
坂本龍馬が虎太郎の死を惜しむ内容の姉・乙女宛ての手紙や
一昨年に高知県が購入した「京都土佐藩邸資料」の中から、
吉村虎太郎の大和挙兵を知り「大変大変」と困る土佐藩側の様子が分かる手紙なども展示しております。

展示の内容はまたこちらでご紹介させていただきたいと思います。
龍馬の先を駆けた男-「吉村虎太郎」展
ぜひご覧ください。

果たして10年後?

weblog20110105.jpg 年が明けた。「龍馬伝」の余韻がまだ頭の中を泳いでいる。龍馬の声が聞え、容堂のふらつく手元が見え、怒鳴る後藤象二郎がそこにいる。海の彼方に目線を投げたお龍の寂しげな横顔も鮮明である。
 そんな気分を持ち越した新年、"龍馬宛年賀"が届いた。昨年の二倍以上、1300通余り。今年から、護国神社に奉納した後、龍馬記念館に持ち帰り「時の階段・タイムボックス」に保管する。10年間封印して2021年3月24日あけることにした。3月24日は龍馬脱藩の日である。土中に埋めるのではなく施錠した箱に入れる。もちろん、開けて読むのはできないけれど、その状態は見える。少し葉書を読ましてもらった。飛び込んできた言葉は「家族」「平和」「健康」・・まさに現代世相そのもの。
 誰もが感じている日本の閉塞感。「10年後に家族そろってこの葉書が読めるように」。特に4、50台のお父さん、お母さんの願いだ。社会、経済、政治、国際間までもふらついている平成の現状に、国民はもううんざりしている。龍馬への年賀から"平和世界"を熱く訴える庶民の心がジンジン伝わってきた。果たして10年後。土佐は日本は世界は、そして自分はどうなっているのだろう。今、吹く桂浜の風だけは変わっていまい。

今年もやったぜ!門松作り!

 龍馬!龍馬!龍馬!と日本中が龍馬で沸いた今年も残りわずかとなりました。当館では、新年にお客様を迎えるにあたり毎年、この時期に門松を作ります。

weblog22.12.23-a.jpg 館長、副館長、ボランティアの方、隣の国民宿舎職員、そして門松作り二年目の私の総勢8名が集まり、まずは、竹を採りに高知市土佐山の竹林へ。
 門松作り当日は、あいにくの雨で、しかも午後からは低気圧が近づくために大雨になるという予報の中、竹の伐採が始まりました。当館の門松は、高さ2メートル60センチ、直径が60センチの大きな門松となります。そんな大きな門松に必要な竹というと胴回りが太くりっぱであり、そして直径60センチを埋める程の竹が必要となります。
雨脚が徐々に強まる中、必要な本数をもくもくと切っていきます。
「館長さん、そっちの方向に竹が倒れるきねぇ、気をつけてよ。」
「山中さん、なるべくまっすぐで太い竹を選んで切りよ。」
毎年、門松作りを先頭に立って仕切ってくれるボランティアの今久保さんの声が竹林に響きます。

weblog22.12.23-b.jpg 午後になり、竹を運びこんだ記念館玄関前でいよいよ門松作りの開始です。まずは、中心に立つ3本組の組み立てです。これは、ベテランの今久保さんを中心にボランティアの方が、手際よくチェーンソーやドリルを使い、仕上げていきます。私は、3本組を取り囲む竹を長さ70センチ幅にそろえて切っていきます。
 雨をよけるため、記念館玄関前の半分はブルーシートで隠れ、雨は強まり、激しさを増していく、そしてチェーンソーやのこぎりの音が響く。午後から記念館に来館されたお客様は、入口で大変びっくりされたことかと思います。
 3本組の竹がりっぱに完成した頃、周りを取り囲む竹も切り終わり、いよいよ組み立てにかかります。ここからは一気に仕上げていきます。まずは、3本組を立て、その周りに竹を置いていきます。竹は、直径60センチのワイヤー内に隙間なく置いていきます。竹が動かないように隙間という隙間まで木槌を使い、竹を詰めていきます。ワイヤー内には、3本組を中心におよそ30本の竹がバランスよく置かれ、やっと門松本体が完成です。2メートル60センチという大きな門松一対が記念館玄関前に立ち上がりました。朝からの作業の疲れがふっとぶような存在感です。見入っている目の前で、今久保さんが、松や梅、そして南天をバランスよく挿していきます。門松がお化粧をしていくかのように華やいでいき、そして一気にお正月を迎える風景に変わっていきました。

weblog22.12.23-c.jpg 門松は、記念館が閉館する午後5時前に完成。遠くで門松を見ようとブルーシートから外に出ると、雨はすでにやんでおり、もやに包まれた記念館に一対の門松が見事に完成していました。

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