嘉助の覚悟

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今年度最後の企画展「天誅組の変150年展」が始まりました。

 

今回展示できなかった史料で、どうしてもご紹介したいものが1点あります。
天誅組に参加し、捕らえられ刑死した安岡嘉助に関するものです。

 

嘉助は文久2年4月、大石団蔵・那須信吾とともに参政の吉田東洋を暗殺し、逃亡して京坂方面に潜伏します。翌年、嘉助と那須信吾は天誅組に加わりますが、この史料は大和に出発する直前の嘉助に会った兄・覚之助が、その様子を土佐にいる父・文助に知らせた手紙です。

 

覚之助は、何事かを起こそうとしている動きがあることを知り、それに加わろうとしている弟に、どのようなもくろみか知らないが成功は難しいといさめます。
嘉助はこのように答えます(あえて原文を引用します)。

 

「早や衆に盟し候ことニテ、いまさら論弁致し候ひテも武士の意地も立ちかね、且、彼等すでニ死すべき処ヲ[虫損]久しく潜伏、よほど鬱屈の趣きニつき、たとひ賊名ヲ取り候とも、もはや約したる事なれば是非もなし。」『中岡慎太郎全集』P365

(皆に約束したことだから、いまさら議論するのは武士の意地が立たない。彼らも既に死すべきところを潜伏し、鬱屈しているので、たとえ賊名を着せられても加わるつもりだ。もはや約束したことだから仕方ない。)

 

嘉助の決意を知り、覚之助も「こうなれば死に所を得させたい。苦心して説得したけれど、これ以上は無益だ。どうか嘉助のことはあきらめてくれ」と、父に書き送っています。

 

この史料を読んで驚いたのは、嘉助は勝算が低いと知りながら天誅組に参加したということです。「是非もなし」という表現に、嘉助の心情がよく表れています。おそらく藩の重役を暗殺して逃げたときから、嘉助は自分自身の命を長らえない覚悟をしていたのでしょう。それを理解して見送った兄・覚之助の心情は、どのようなものだったでしょうか。

 

手紙の続く部分では、二人が打って変わって笑いを交えながら酒を酌み交わし、嘉助が辞世の歌を詠んだと書かれています。この辞世は『維新土佐勤王史』掲載の嘉助の辞世とは異なる歌です。

なげかじな長き別れの今日とてももと大君の御為なりせば

 

残念ながらこの史料は現在行方不明とのことで、展示品のなかにはありません。今はここでご紹介するのみですが、いつかどこかで原史料に出会えるのを期待しています。

 

吉田東洋を暗殺した三人のうち、ひとり天誅組に参加しなかった大石団蔵は、のちに薩摩藩士の養子となります。その後留学生としてイギリスに渡り、数学や機関学など最新の学問を身につけて帰国、教師となって明治の世を生きました。

団蔵の数奇な人生についても、いずれご紹介したいと思います。

 

上り藤・下り藤

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寒い日が続いています。
ある朝起きると部屋の温度が8度になっていて、思わず笑ってしまいました・・・(^_^;)
わが家は暖房を使わないので、寒さ対策は"重ね着"です。
寝るときは、あったかインナーからダウンベスト、フリースまで5枚重ね。
フードもかぶってマスクをして、湯たんぽを抱いて寝れば朝までぐっすりです。
どれかを忘れると寒くて目が覚めます。

今の時期はのど飴も必須アイテムです。
先日、気になって購入したのど飴にこんなマークが入っていました。

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「下り藤」です。

私の大好きな幕末の志士・吉村虎太郎の家紋は「上り藤」。

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これだけでテンションが上がってしまいました。

さて、当館では今月25日より「天誅組の変150年」展を開催しています。
天誅組には吉村虎太郎をはじめ19名の土佐浪士が参加していましたが、
明治まで生き延びたのはわずか1名。
~「土佐の人は薩摩の芋畑、長州のみかん畑を肥やした」とは、のちの徳富蘇峰の言ですが、
    蘇峰の言う通り、天誅組の変にはじまり土佐勤王党の弾圧、龍馬・慎太郎の暗殺に至る まで、
    多くの土佐人が新しい時代の到来を待たず命を落としました。
    このような維新史に関わる土佐の人々の事績を掘り起こすのも、
    当館の果たすべき重要な役割のひとつと考えます。
                                                           (「天誅組の変150年」展 ごあいさつより)~

今回の企画展は、ひとりの吉村虎太郎ファンとしてとても楽しみにしていました。
そして、このごあいさつを読んだとき、本当に感動して心が熱くなりました。
「天誅組の変150年」展おすすめです☆
ぜひ多くの方にご覧いただきたいと思います。
皆さまのご来館を心よりお待ちしております。

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「天誅組の変150年」展
開催期間:平成26年1月25日(土)~3月31日(月)
開館時間:9:00~17:00
入館料:一般500円(高校生以下無料)
問い合わせ:高知県立坂本龍馬記念館
        高知市浦戸城山830(088-841-0001)
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年の初めに

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2014年がスタートしました。
写真は元旦に桂浜・龍馬像前から見た"初日の出"です。
今年は雲が厚く、お日様が顔を出すまでに少し時間がかかりましたが、
海には光の道。
心が晴れ晴れとする情景でした。

2014年は明るいニュースが多い年となりますよう
心から願います。
本年も坂本龍馬記念館をよろしくお願い申し上げます。

DSC_0052-2.jpg今日は二十四節気のひとつ「冬至」。
一年のうちで最も昼が短い日です。
冬至にかぼちゃを食べたり、
柚子湯に入ると風邪をひかないと言われています。

柚子は高知の特産物でポン酢やゆずドリンクなど全国的に人気ですが、
この柚子に龍馬ゆかりのある人物が深く関係していることをご存知でしょうか?

龍馬の同志"中岡慎太郎"です。
慎太郎の出身地北川村には昔から柚子が自生しており、
庄屋見習い時代の慎太郎がその栽培を奨励したと言われています。
高価な塩の代わりに、柚子を防腐剤や調味料として使おうと考えた慎太郎は
自分の家の周りにも柚子を植え、村民に見本を示したそうです。
「桃栗三年柿八年、柚子の大馬鹿十八年」という言葉もあるように、
柚子は成長が遅く、実をつけるまでに長い年月がかかるそうですが、
今では高知県の柚子生産量は全国の約半分。
その中で北川村の生産面積は県内の7分の1。
村の農家の9割が柚子を栽培しており、
立派に産業として根付いています。

昨日、母が実家の庭で採れた柚子を届けてくれました。
普段はシャワーですませることが多いですが、
今日はゆっくり柚子湯につかってみようと思います。

 

今年の漢字は

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IMG_2603.jpg今年の世相を表す漢字が発表されました。
「輪」(リン/わ)。
富士山の世界遺産登録や2020年東京オリンピック開催決定で
"日本中が「輪」になって歓喜にわいた年"
台風や集中豪雨による自然災害に多くの支援が集まり
"人とのつながりの「輪」を感じた年"
というのが理由のようです。

さて、今年の龍馬記念館を表す漢字は...
「進」ではないでしょうか。
前進するという意味です。
8月には第1回目の夏休み子ども龍馬フォーラムを開催。
これからの時代を担う子ども達から様々な意見が出されました。
11月には2回目となるレッツゴー!ハンドインハンドを開催。
これは1人1人の力は小さくても、みんなで手をつないで力を合わせることで
一歩前進する勇気をもてる!皆で前進しよう!というイベント。
県道を封鎖してのイベントです。警察から許可された時間はわずか2分でした。
そのわずか2分間のイベントに参加するため、遠くは北海道から、
また2ヶ月の赤ちゃんから90歳のお年寄りまで615人が集まってくれました。
615人がつながった瞬間というのは、参加した人にしか分からない、
何とも言えない感動に包まれます。思わずグッとくるのです。
世の中捨てたもんじゃない、明日からまた頑張ろう!と思わせてくれるのです。
まさに一歩前進。

博物館の役割は、資料を収集、展示、保存するとともに、
公平かつ冷静な視点で歴史を見つめ、研究し、
正しい歴史を後世に伝えていくことだと思います。
しかし、ここは坂本龍馬の記念館!
ただ伝えていくだけではなく、
この時代の龍馬となる人材を育てていくことも
また大切なのではないでしょうか。
新館開設のリニューアル検討委員会も立ち上がりました。
動き始めています。
いろんな意味を込めて「進」です。

私個人的には「病」。
家族の入院が相次ぎ、不安と看病の一年でした。
来年は「穏」(おだやか)の一年になればと心から願います。

今年もあとわずか!
風邪などひかないよう気をひきしめて過ごしましょう。

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龍馬記念館は年末年始も通常通り開館しております。
皆様のご来館心よりお待ち申し上げます。
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龍馬からの年賀状

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nennga2014.jpg師走になりました。
12月初旬は、一年のうちでもお客さんの少ない時期ですが、
年末年始に向けて何かと準備をすることも多くバタバタしています。
元旦発行の館便り「飛騰」の原稿を仕上げなくてはいけませんし、
毎年恒例の門松も作らなくては。
忘年会はお隣の桂浜荘さんとの合同。
カラオケ大会もあるので歌の練習もしなくては♪
そして!忘れてはならないのが「年賀状」の準備!

"年賀状"と言えば、5年目となった「龍馬年賀状」!!
今年はなんと龍馬から年賀状が届きます!!!

方法は簡単!
①「龍馬と交わす年賀状(5枚セット)」を購入する
   ※龍馬記念館ミュージアムショップ、または龍馬街道のサイトから
②坂本龍馬に年賀状を書く
 今年の報告をするもよし、2014年の抱負を書くもよし、10年後の自分へのメッセージも
③ポストに投函
 龍馬記念館でメッセージを書かれた方は館内の特設ポストへどうぞ
◎龍馬から年賀状が届く!
   ※1月1日以降の発送となります
   ※1月7日までに到着した方へ龍馬からの年賀状をお送りします

龍馬から年賀状が届いたら、ちょっと自慢になりますよね。
正月から顔がニヤけますよね(^~^)
ステキなお正月を過ごせそうですよね。
いい年明けになりますよね。

皆さまぜひぜひ「龍馬と交わす年賀状」書いてみてください。

只今、内職中。

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秋も深まってまいりました。
来週の金曜日(11月15日)は龍馬の誕生日。
当館では15、16、17日と様々なイベント開催いたします。
なかでも、17日早朝におこなう「レッツゴー!ハンドインハンド」は
昨年900人の方にお集まりいただいたということもあり、
今年はなんと1000人分の記念品をご用意することに。

という訳で、今は準備の真っ最中。
通常業務の傍ら、内職さながらの作業が続きます。
こちらは記念品のバッジ。

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「高知産杉の間伐材でできています。」
↑という説明文をバッジひとつひとつに取り付けていきます。
コツコツ、コツコツ、1000個分です。

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他にも龍馬の盟友・吉村虎太郎の出身地・高知県の津野町産のお茶、
坂本龍馬のポストカード、
001~1000番までのシリアルナンバー入りの参加記念カードなどを
記念品としてご用意しています。

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 さらに、参加者は当日の龍馬記念館の入館料が無料に、
桂浜水族館には割引料金でご入場いただけます。
さらにさらに、記念館横の桂浜荘でお食事をされると
食後にアイスクリンかコーヒーどちらかをサービスしていただけます。

ただいま、1000人分の記念品を職員総出で準備しております!
たくさんの方のご参加お待ちしております!!!!!

 


秋の新しい企画展「古き良き江戸時代-外国人から見た日本」展が始まりました。


幕末の開国以後、日本を訪れ、また滞在する欧米人が急増しました。
軍人、外交官、通訳、教師など、身分はさまざまですが、
彼らの多くが日本で見聞した内容をまとめた「日本レポート」を残しています。


「他国民の物質的進歩の成果を学びとろうとする彼らの好奇心と、
それらをすぐに自分たちの用途に適用させようとする進取性をもってすれば、
彼らを他国との交通から隔離している政府の方針がゆるめられれば、
日本の技術は、すぐに世界の最も恵まれたる国々と並ぶ水準にまで達するだろう。
文明世界の今日までの蓄積をひとたび手にすれば、日本人は、
強力な競争者として、将来の機械的技術の成功を目指す競争に仲間入りするだろう。」
                              (『ペリー提督日本遠征記』)


黒船で日本にやってきて開国を迫ったペリーは、「未開の国」である日本が、
将来は「強力な競争者」になるとの見通しを語っています。
明治以降、欧米の科学技術を貪欲に学び取り、
アジアでいち早く「文明国」の仲間入りをした日本。
ペリーの予見は現実のものとなりました。


「日本を開国して外国の影響を受けさせることが、
果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であろうかどうか、
疑わしくなる。私は、質素と正直の黄金時代を、
いずれの他の国におけるよりも、より多く日本において見出す。」
                     (ハリス『日本滞在記』)


アメリカの初代駐日総領事となったハリスは、
同じくこの「未開の国」の人々の「幸福」が、
海外の影響を受けることで損なわれるのではないかと危惧します。
ハリスが目にした日本人(とりわけ庶民)は、
みな貧しいにもかかわらず幸福そうに見える、というのです。


今回の展示で多くのヒントを得たのが、
渡辺京二『逝きし世の面影』(平凡社)です。
発刊以来高く評価されている書籍ですが、その理由は、
膨大な数にのぼる外国人の「日本レポート」を渉猟し、
また日本人による書物も参照しながら、
幕末から明治にいたる"失われた日本"のすがたを
客観的に描き出している点にあります。
是非一読をお勧めしたい書籍です。


また、展示を構成するにあたり、次のような外国人レポートも参考にしました。
展示でお伝えできる情報には限りがありますので、
上記の書籍と併せて、興味を持たれた方には
直接お読みいただきたいと思います。


マシュー・C・ペリー『ペリー提督日本遠征記』
タウンゼント・ハリス『日本滞在記』
ラザフォード・オールコック『大君の都』
ローレンス・オリファント『エルギン卿中国及び日本使節録』
イザベラ・バード『日本奥地紀行』
アーネスト・サトウ『一外交官の見た明治維新』
エドワード・モース『日本その日その日』 など


外国人が見た日本は、すべてが美しく喜ばしいもの
ばかりだったわけではありません。
例えばお歯黒や男女混浴など、外国人の慣習や倫理観からすると、
困惑するようなものもありました。
また、クリスチャンである多くの欧米人からすると、
日本人は宗教に寛容すぎる、あるいは関心が薄いように映ったようです。


生活が便利になり、貧しさもなくなったかに見える現代日本。
ですが「幸せ」かと尋ねられるとどうでしょうか?


幕末維新期の日本も、現代日本と同じで
決して良い面ばかりではありません。
生活は今より貧しく不便だったかもしれませんが、
今の私たちと比べて不幸だと言い切れるでしょうか?


今回の企画展は、当館ではこれまでにない試みです。
展示室も、大量の文字パネルと絵画パネル、
そして数冊の原書が並ぶという、これまでにない光景になっています。


ぜひ展示をご覧いただき、また関連書籍を読んでいただき、
ほんとうの豊かさとは何かを考えるきっかけを得ていただければ幸いです。



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               『ペリー提督日本遠征記』より
中央にいる画家ハイネが写生をしているのを、大人も子供も珍しそうに取り囲んでいます。
追い払おうとしている役人も、どこかのんびりした様子。

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   オールコック『大君の都』より
    “サイオナラ”(さようなら)

 

 

 昨日(10月5日)、記念館八策の広場にて、小栗流棒術の流れをくむ伝統芸能「山北棒踊り」が、保存会の皆さんによって披露されました。

 

 現在開催中の「土佐の武術」展では、龍馬が土佐で学んだ「小栗流」を大きく取り上げています。龍馬といえば江戸で北辰一刀流を学んだことが知られていますが、土佐にいた頃は小栗流という流派を修めていました。小栗流は剣以外にも棒や水練などさまざまな武術を伝え、特に和(柔)術が強いことで知られていました。龍馬は14歳で小栗流に入門し、最終的に脱藩前年の文久元年(1861)、27歳のときに「小栗流和(やわら)兵法三箇条」を授けられています。

 

 一方、山北棒踊りは正徳2年(1712)、土佐藩の重職にあった山内規重(のりしげ)が山北村(現香南市香我美町山北)に蟄居したおり、主君規重の無聊を慰めるため、家臣が小栗流の棒術を土地の若者に教え、規重の前で披露したのが発祥とされています。規重はのちに蟄居を解かれますが、このとき山北で生まれた規重の嫡男は、のちに土佐藩8代藩主山内豊敷(とよのぶ)となりました。山北棒踊りはこのような経緯から、土佐藩主山内家とも、龍馬が修めた小栗流とも、浅からぬ縁を持っています。

 

 棒踊りは、青年が10人ずつ2組に分かれ、地唄に合わせ、騎馬戦のように陣を組んで棒を打つ「本棒」から始まります。地唄の歌詞には「玉と砕けし坂本龍馬、桂浜辺に花と咲く」という箇所があり、聞いていた私たちは、この伝統芸能が龍馬記念館で披露されることへの感慨を深くしました。

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 続いて、2人一組で棒を打ち合う「小棒」が披露されます。「ひし」や「つき」、「花」などの技を、青年たちは棒が折れはしないかという勢いで、本気で打ち合います。日頃の練習の成果を発揮され、見事な技を披露されました。

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 最後に披露されたのは「車返し」という技です。2人一組で組み合い、お互いのたすきを交代に持ち上げてクルクルと車のように回ります。小栗流和術の流れを伝えると言われる技で、水たまりや固い地面という悪条件にもかかわらず、披露していただくことができました。

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  当日は雨が降ったり止んだりのあいにくの天気でしたが、青年たちの大きなかけ声や、力いっぱいぶつけ合う甲高い棒の音は、台風接近の影響で下の浜から地鳴りのように響いてくる波の音をかき消すほどの迫力でした。

 

 山北棒踊りは、昨年で発祥から300年を数え、高知県の無形民俗文化財にも指定されています。本来は、地元のお宮である浅上王子宮の秋季大祭(毎年11月18日)において奉納される神事です。お宮で行われる奉納の棒は、神事ならではの緊張感と迫力に満ちた素晴らしいものです。また、「酔うたんぼ」(土佐弁でいう「酔っぱらい」)という、ユーモラスな余興も披露されますので、お近くの方は是非、山北棒踊りを地元山北でご覧ください。

 

 最後になりましたが、雨の中素晴らしい技を披露いただきました山北棒踊り保存会の皆さまに、厚くお礼申し上げます。

 

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 「土佐の武術」展 10月25日(金)まで
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龍馬がいた...

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高知市北部に住んでいる私は、毎日市内を南北に縦断して桂浜に通っています。
電車通り近くの細い路地は、大通りを避ける車で朝夕には混雑します。
その路地で、渋滞の車列に連なって信号待ちをしていたある日の夕方。
ふと側の電柱に目をやると...

龍馬?

りょうま??

と思っているうちに信号が変わり、やむなく車を発進させました。

それ以来、同じ場所を通るたびに(毎回停車するわけでないので)素早く確認するのですが、電柱にいるのはやっぱり龍馬のようです。
写真を撮ろうにも、うまい具合に車が電柱の近くに停まらないと撮れません。

ある朝、ついにチャンスがやって来ました。
素早くカメラを取り出して、信号が変わる前に激写!

それがこの写真です↓
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型をあててスプレー塗料を吹き付けたようですね。
型をわざわざ作ったのか(売っているのか?)どうか...
少々塗料が垂れていますが、誰が見ても「龍馬」とわかるところに感心してしまいました。

この「龍馬」、四国銀行木屋橋支店西側の道路脇にいます。
会いたいという方、ぜひ訪ねてみてください。

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