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"ボトルシップ"の世界(独り言18)

 みなさん“ボトルシップ”をご存知でしょうか?
ウイスキーやワインのボトルの中に、船が組み立てられた作品のことです。
ニッカウイスキーのダブルサイズ、高さ12センチ×長さ22センチ×幅7センチの空間に、見事に納まった帆船を目にすると「どうやって入れたのか」不思議な思いに捕らわれます。例えば、作品“夕顔”の甲板には風に吹かれる龍馬や海援隊士(6mm位の人形)の姿が。記念館の“海の見える・ぎゃらりい”で始まった-小さな船で夢の大航海-「中村斗世木ボトルシップ 世界の帆船」展は11月30日までの長丁場だ。
 中村さんがボトルシップの魅力に引き込まれてもう30年になるという。ボトルシップ一つを制作するのに4ヶ月はかかるそうだから、60点の作品はずばり中村さんの人生というわけである。それにお酒を飲まない中村さんが“酒瓶”相手というのも面白い。
 中村さんのボトルシップの特徴は、船体の緻密さと美しさをさらにグレードアップさせるために、瓶の中に描かれた油絵である。それも内と外向きに。まず外向きの絵を描いて、乾くのを待って内側を描く。手間と根気のいる作業だ。大きなテーマは海。船乗りであったご自分が訪ねた異国の港町の絵も少なくない。船の本体と絵が一つになって"航海"はよりリアルに、そして幻想的。見飽きない。
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 好きな方はじーっと見入っている。鼻先が瓶に引っ付きそうなくらいに近づいている。息がかかる。そして「ホー」と大きな息をつく。「夕顔」「いろは丸」「咸臨丸」なじみの船名も楽しい。
 企画展示室では「風になった龍馬展」がスタートした。龍馬、海舟、万次郎。
結ぶキーワードは「海」と「船」である。

疾走する鍵盤(独り言17)

 来館者の方によく尋ねられるのが「龍馬は懐に何をもっているの?」という質問である。記念館のパンフレットにもなっている懐に手をいれた龍馬の立像写真。皆様の気になるところだろうが、いくつか説はあるものの本当のところはわからない。
 最近この龍馬の立像写真で、懐から手を出し、ピストルを持っている写真を音楽雑誌でみかけた。スガダイローピアノ・トリオのNewアルバム“「坂本龍馬の拳銃」-須賀大郎短編集-(上)”のCDジャケットだった。想像の世界は大胆だ。坂本龍馬の暗殺をテーマにした表題曲「坂本龍馬の拳銃」。それにしてもどうしてこの表題を選ばれたのかご本人にお伺いしてみたい。
 とにかく早速聴いてみた。導入部から繰り返される、半音階で上っていくようなメロディーラインは、先が見えない何かと時間の勝負をしているような印象を受ける。またリズムと音がピアノの鍵盤から激しく叩き出される中盤から後半部分では、内面の葛藤と爆発を象徴的に感じる。
 坂本龍馬を表現している世界には絵・文字・ストーリ・映像・音など様々なものがある。けれども今回のようなJAZZで表現された作品に遭遇するのは私は初めてで、興味深かった。次はどんなものに出会えるのか楽しみだ。
 関心のある方は、どのような印象を持たれるのだろう?

今月の賑わい(独り言16)

 4月の記念館は大忙しである。
 まず、海の見える・ぎゃらりいでは1日~5月10日(日)まで生野宏宜さんの「土佐の山間よりいずるもの」と題して石彫小品展を開催中。会場には河原の石に彫りこまれた様々な表情の顔が並んでいる。生野さんによって魂を吹き込まれた仁淀川の原石達には独特の雰囲気がある。間近に作品を見ていると、石に命が宿るまでの旅を想像してしまう。あなたは何を感じるだろう?

 12日(日)には“龍宮祭”だ。今年も春の桂浜に小学生扮する浦島太郎と乙姫様のパレード、大人と子どものペンギンダンス、紙芝居、そして今年の龍宮祭の圧巻は、大漁旗を掲げた漁船団が桂浜沖を舞い踊る!空と海の青をバックに心地よい風に吹かれながら桂浜を体感してみてはどうだろう。いつもあっという間に売切れるチラシ寿司とてんぷらも、もちろん販売される。みんなで気分はもう桂浜!?

 その次の18日(土)・19日(日)には「第1回 高知県立坂本龍馬記念館・現代龍馬学会」が開催される。2日間に渡って総会、発会式、研究発表、分科討論会、コンサート、宣言文発表と龍馬一色。盛りだくさんのプログラムである。“単に歴史研究ではなく、龍馬を現代にどう位置づけていけばいいかを広く考察する”という考えから立ち上がった「現代龍馬学会」。一般の方も参加自由!

 学会準備も最終段階に入り、どんな意見が飛び出してくるかスタッフも期待いっぱいだ。各イベントの詳細は記念館のホームページをごらんいただくかお問い合わせください。それではみなさん、どこかでお会いしましょう!!

独り言ⅩⅤ

 “海の見える・ぎゃらりい”は記念館の二階南端にある。名前の通り、海と展示作品、両方が一度に見られるギャラリーだ。天候の変化に伴い刻一刻とその表情も変わってゆく。作品の背景として見えていた海が、時として前面に躍り出る瞬間があり、すると作品も違って見えてくるから面白い。
 9月17日から“第2回現代俳画「秋だから 桂浜」展”が始まった。先の展覧会でも出品頂いた山岸孝子先生主宰“かぶらの会”門下生の作品50点余りが、賑やかに展示されている。俳句と花々・静物・自然などが奔放に描かれ、皆さん思い思いに楽しまれている様子がよくわかる。
毎日ここに立って作品と海を眺めていると“何かをしたくなる”そんな気持にさせてくれる不思議な場所でもある。
 龍馬も忙しい日々、短い人生の中で色々なことを嗜んでいた。私もこの秋何かを始めてみようかしら。

独り言ⅩⅣ

 館の「海の見える・ぎゃらりい」に新しい出会いの風が吹いている。
「珊瑚とジュエリー“和”のコラボレーション」というタイトルで、谷内信之氏、森謙次氏の2人の作品が加わった。
 谷内氏は珊瑚に銀製品を中心としたジュエリーで「和と龍馬」を、森氏は珊瑚の他に鯨歯・猪牙・鹿角・木彫を使用して根付を中心に「ユーモア」をそれぞれ表現している。
 作品は30点あまり。ショーケースの中を覗き込むと、細かくリアルな小品が、自由と無限の広さをを感じさせ時間さえ忘れさせる。
 また、そばに飾った2人の写真が楽しい。高知市内の武家屋敷で写したという。和服姿の2人が、縁側に座って話をしている。とても晴れやかにいい顔をしている。取り巻く空気がよい。手を広げて2人は何を話しているのだろう?話題を想像していると、きっと龍馬もこのように気の合った仲間同士、“新しい日本造り”を語り合っていたのだろうと、その姿がダブって見えた。
 とにかく是非一度、ご覧になってみて下さい。彼らの作品を。

独り言XⅢ

 今、開催中の「出会いの達人・龍馬」展にアクセントをつけるねらいで、館の2階スペースを使って「もう一つの展覧会」展というのを始めた。展覧会に重ねての展覧会だ。これは以前、館のギャラリーで企画展をお願いしたアーティストの先生方に“出会い“をテーマに新たに作品を制作して頂き、その作品を常設展示空間に置こうという試みである。
 各先生方のメッセージパネルを作るために、制作現場をのぞかせていただき、写真を撮った。書の先生宅では部屋に入るなり、すりだちの墨の香りに足が止まった。精神的にとても落ち着く筋の通った芳香であった。そこから生まれた作品は、非常に勢いよく大胆で、男性的に思えた。次は洋画の先生のアトリエ。油と絵の具の匂いがプーンとして、自由に動く筆のタッチに懐かしさを覚えた。

 作曲をお願いしてあった先生からは“風になった龍馬”というタイトルの楽譜が届いた。ト長調のメロディーだけがModeratoでと記されている。早速ピアノで弾いてみた。生まれたての音符たちから聞こえてくる主旋律は、優しく、柔らかく頬を爽やかに撫でてゆく風のような龍馬だった。

 作家の制作現場を拝見出来るというのは、特別な空間の貴重なエネルギーを感じ取れる、私にとってはわくわくさせられる場所で、かつて舞台装置を制作した時と同じ感情である。そのエネルギーの集結が一枚のパネルになる。龍馬が引き合わせたアーティストの面々、皆さんそれぞれになんとも魅力的なお顔をされていると思うのです。会場でお楽しみください。

独り言XⅡ

 記念館周辺の桜はほとんど葉桜になっている。桜を楽しめるのはほんの一瞬で、その短命さがまた美しい。
 記念館では現在2階企画展示コーナーで「刀は“語る”坂本龍馬記念館所蔵品」展を開催している。展示ケースには刀が並び、その後方に慎太郎、半平太、龍馬を描いた公文菊僊の掛軸がかかっている。
 朝、ケースを見ると描かれた慎太郎の立像に桜の枝が寄り添っていた。まるで掛軸に描かれているかのようにバランスよく桜が収まっていた。ガラスに映り込んだ桜の樹である。
 私はそれを見た時、以前観た舞台とドラマの一場面を思い出した。満開の大きな1本の夜桜にライトが当たり、地面には花びらが幾重にもなって落ちて行く。「その桜の樹の下には短い命を惜しげもなく散らしていった人々の魂が眠っている。」と言ったナレーションが入った。あまりにも昔で記憶が定かではないが、そういった内容だったことは覚えている。ライトアップされた花の異常な赤さが印象的に蘇る。
 まさに、幕末の志士たちとシチュエーションが重なった。映り込んだ桜が描いた偶然の掛軸。その全ての一致が胸を熱くした。
 桜には特別な想いがある。その潔く限られた時を大切にしたいと思う。

独り言XI

 2月の末に記念館2階から1階へ通じるスロープの壁面に、ポスターを掲示する枠付きボードが設置された。昨日までは「幕末写真館」展と次回の企画展「出会いの達人・龍馬」のポスターを貼ってあった。15枚ポスターが並ぶと結構壮観であり賑やかだ。
「幕末写真館」展では思うところ、反省すべき点もあったけれど、お蔭様で昨日無事幕を降ろすことが出来た。そしてこの企画展に携わったことで、色々なことを知り、多くを学んだ。
 アンケートの集計結果を見ると、ポスター・チラシを見てこの企画展を知ったという方が大変多かった。いかに地道にこの基本的な宣伝活動をするかという事の大切さである。
 先日“アートボード”の定期総会に初めて出席した。“アートボード”とは、地元の方ならご存知の方もいらっしゃるでしょう。高知の繁華街、帯屋町商店街のアーケードの1本南側おびさんロードで(みずほ銀行裏側)展覧会やイベントのポスターを貼れるガラス扉付、鍵付の掲示板のことである。街行く人がちょっと足を止めてポスターを眺めてゆく。14,5枚違ったポスターが並んでいるので、自然と人々は興味のあるポスター前に立ち止まる。当記念館も、「幕末写真館」展から利用させていただき、総会参加への運びとなったわけだ。アートボードもこのシステムを始めて10年目を迎えるそうである。年に1度は「いい感じポスター展」も開催し、街行く人達にその年に展示されたポスターに投票をしていただき、「いい感じポスター賞」を表彰しているそうである。
 それぞれ皆さん高知を楽しめるよう、また好い街になるよう、思いを込めて創意工夫をされていることがひしひしと伝わってきた。そして、やはり地道に活動されている。
 今年は5月25日に「いい感じポスター展」が「おびさんマルシェ」に参加して開催されるそうだ。興味のある方はご覧になってみてはいかがだろうか。
 願わくば、アートボードのようなものが、街中あちらこちらに設置されると、高知市の繁華街にももっと活気が出てくるのではないだろうか??
 とにもかくにも、まずは龍馬記念館のポスターをあちらこちらで目に触れられるようにしていきたいと思っています!

独り言Ⅹ

 人と人との繋がりは出会いから、あるいはモノとの関わりも出合いから始まる。「幕末写真館」展の写真を通して私は一人の女性の存在を知った。奥村五百子である。この企画展に関わるまでは、顔はもちろん恥ずかしながら名前すら知らなかった。けれど何故かこの女性に惹かれた。
 幕末から明治の時代を生き抜いた奥村五百子は、幕末の尊皇攘夷運動、自由民権運動、朝鮮半島における農業指導に学校建設、そして愛国婦人会の創立者であった。乱世の中を多彩に生き抜いてきた奥村女史だが、一貫して言えるのは「供養と援助の精神」をモットーにひたすら己を捨てて人のために生きてきた人物であるということ。写真で見る限りその目から意志の強さ頑固さは十分に感じられる。けれども男勝りというよりは静かで穏やかな印象を受ける。幕末にもこのような女性が居たことを教えてくれたのも、元をただせば龍馬である。「幕末写真館」展に携わらなければ、もっと言うなら坂本龍馬記念館で仕事をしていなければ知りえなかったことである。出会いとはそんなものであり、人生を豊かにしてくれるものに他ならない。
 4月からは「龍馬・出会いの達人」展も始まります。しかしその前に、皆様も写真との何気ない出合い、してみてはいかがでしょう!?

独り言Ⅸ

 現在開催中の企画展「幕末写真館」展準備のために、久しく独り言から遠のいていた。約4ヶ月の準備期間をひたすら走り続けて、12月17日のオープンを迎えた。4週間を過ぎようとしている今、来館者の皆様が回答してくださるアンケートが面白い。質問の1つに「お好きな写真がありましたか?」という項目を設けてある。今のところ、龍馬と土方が人気を集めている。もちろんその他の写真の表記もある。最終的には集計をとって結果発表をするつもりでいるので、皆様も1度来館されてアンケートにご参加いただければと思います。
 さて、140点あまりの写真に囲まれ過ごしている数ヶ月、色々な経験が出来たことに感謝している。幕末というわずか15年の間に立場はそれぞれ違えども、皆信念を持って未来の平和のために行動していた。人のために命を捧げ、散って行ったひとりひとりの眼差しに触れることも出来た。今回の企画展においても色々な方々の何気ないご協力を得て、無事初日を迎えることができたことは本当にあり難くうれしい。とかく自分のことしか考えられない自分勝手な話を多く聞く現代の世の中で、私も含め人のために何かするということを、大げさでなくさりげなく出来ればいいと思う。

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