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独り言

 土佐弁にこんな言い方がある。「よーせん。」標準語にすると「出来ない。」という意味になるがニュアンス的には少し弱い。何か修飾語が欲しい。「どうしても出来ない。」と言ったほうが近い気がする。だからと言って、「絶対に出来ない。」というわけではない。そこには何パーセントかの可能性が含まれているような気が私はする。こういう風に標準語に直すと微妙なズレを感じる言葉が土佐弁にはいくつもあると思う。

 祖父母の時代に話されていた土佐弁が私たちの世代では、ほとんど使われていない言葉も少なくない。時代の変遷と共に言葉はもちろん変化して行くし、高知県内でも地域によって異なる表現もある。

 先日、ノーベル文学賞の発表があった。フランツ・カフカ賞を受賞していた村上春樹氏に期待が寄せられていたようだが惜しくも受賞は逃した。けれども村上氏の作品は、欧米やアジアなどの30を越える言葉に翻訳されており、現代の日本人作家として海外で最も広く読まれている作家の1人だそうである。
 方言1つを標準語にするだけでもニュアンスの違いが生じてくるのに、ましてや異国の言葉に翻訳される労力の蓄積ともなると、まるで言葉への果てしない冒険のようである。

 本来ならその言葉の意味する深さや表現は、その国の言語で理解するのが最良なのだろうけれどそれにも限界はある。それならば、少なくとも自らの想像力を出来る限りたくましく膨らませ、言葉の意味する世界を理解したい。

 言葉が持つ意味の重要性と想像力の希薄さを改めて考え直す昨今であった。

坂本龍馬とチェ・ゲバラ?!

 『竜馬の妻とその愛人』というタイトルを耳にされたことがあるだろうか。脚本家三谷幸喜が劇団東京ヴォードヴィルショーのために書き下ろした作品で、舞台や映画になっている。昨秋、劇団東京ヴォードヴィルショーの舞台が高知でも上演された。再演に再演を重ねた役者陣の余裕ある芝居に、ほぼ満席の観客はすこぶる良く反応していた。この舞台が、丁度今月の5日~7日までジャパンソサエティの招聘公演としてニューヨークで上演されたそうである。
 海外で上演するに当たり「“坂本龍馬”をどのように紹介すればいいのでしょうか?」というマスコミからの質問に対して、「“チェ・ゲバラ”のような人物です。」と答えていたらしい。それが三谷幸喜氏の言葉なのか、劇団主宰の佐藤B作氏の言葉なのか私も聞いた話なので定かではないが、いずれにせよその答えに興味を持った。
 「坂本龍馬はチェ・ゲバラのような人物?」土佐に生まれた龍馬とアルゼンチンで誕生したゲバラ。どちらも偉大なる革命家であり、今なお人々の心に残る。龍馬は1867年33才で暗殺。ゲバラは1967年39才で処刑された。龍馬の死より丁度100年後のことである。そして両者ともその人気の衰えを知らない。
 来館者の中にもゲバラのTシャツを着ている方がいらした。この方は『拝啓龍馬殿』に、スペイン語でメッセージを残しており、氏名にも“チェ・~”とご本人の名前を書いてあった。ちなみに県外の方だが、2度目の来館だったそうである。
 ゲバラの遺体が発見された後、彼の次女や旧同志が受けた取材に、「チェ・ゲバラという人間の最も優れた資質は何だったと思いますか?」という質問に、「人を愛する才能です。」と皆が同じ返答をしたと本で読んだことがある。また、龍馬のヒューマニズムについては多くの書籍が物語っているように、龍馬とゲバラの相似している部分は、果たしてこんなところにあるのかもしれない。
 さて、「?」の回答は??

記念館初の展示品

 7月1日(土)より、企画展“それぞれの幕末「龍馬、半平太、そして以蔵」展”が始まった。
 7月2日(日)Yahoo新着情報のトピックスに「岡田以蔵の所有とされるピストル公開」-毎日新聞と見出しが出ており、当記念館のホームページにアクセスしようとすると、込み合ってなかなか開けない状況だった。人々の関心の程が伺える。

 さて、その展示品「岡田以蔵のピストル」「武市半平太が自刃した短刃」「武市半平太の獄中書簡」は、どれも当記念館初の展示であり、是非この機会にご覧頂きたい。「岡田以蔵のピストル」は岡田家のご子孫より、「武市半平太が自刃した短刃」は高知県立歴史民俗資料館よりそれぞれ拝借したもので、「武市半平太の獄中書簡」は武市家関係者のご子孫より寄託されたものである。いずれにしても貴重な財産を拝借して展示させて頂いているわけで、何かがあってはそれこそ一大事。
 そこで取られた手段が、それぞれの展示品へ特注で作られたカバーを設置し、施錠する事にした。毎日朝のミーティングが終わると職員全員でこのカバーを外し、閉館後、またそれを元に戻す。2ヶ月の期間中職員全員に課せられた責務である。

 以前、アイルランドの絵画強盗について描いた映画と本を読んだ事がある。悪事とはいえ、その手口は鮮やかであり、信じられないほどの内容だった。
 とはいえ、やれるだけの事はきちっとやり、1人でも多くの方々に当記念館へ足を運んで頂ければ幸いである。そして、8月31日(木)まで開催している“それぞれの幕末「龍馬、半平太、そして以蔵」展”が、無事終了することを願っている。

心で聴く声

 高知も先週梅雨入りをした。ジメジメとした天気がこれから1ヶ月ほど続くかと思うと気分も多少重くなる。けれども今年は少し様子が違う。4年に1度のサッカー・ワールドカップが時期を同じくして開催された。連日のようにメディアでも報道され、多くの人々が日本の勝利に期待を寄せている。この勢いと興奮の中にいれば、いつの間にか梅雨も終わりそうである。
 さて、当館でも6月はイベントが2つ催される。
 1つは、海の見えるギャラリーにてボーカルkasumi(秋山香純)の個展『うたから生まれた作品たち展』の開催に伴い特別イベント“MONOTYPE スペシャル LIVE”(6月17日[土]開演17:30)。
 もう1つは“女優・日色ともゑ『龍馬の手紙』を読む!!夕べ”である。
 演劇制作体地人会の公演で、何度も公演を重ねている『この子たちの夏』という舞台がある。演出家・木村光一が構成・演出し、6人の女優が被爆した親子の手記を読む朗読劇である。東京、各地を巡演しているので観劇された方もいるのではないだろうか。舞台は実にシンプルであり、時折バックのスクリーンに顔写真と書面が映し出される。その前に立つ麦藁帽子をかぶった女優たちの何層もの声が心に染み渡る。私も色々な舞台を見て来たが、観劇中にこれほど涙を流した舞台もそうは無い。
 劇団民藝の役者である日色ともゑさんも『この子たちの夏』に出演されていた。良く通る澄んだ声で、真実の悲しさを真っ直ぐに伝えていた姿が印象的だった。
 6月24日(土)開演18:00、日色ともゑさん朗読による『龍馬の手紙』の声の世界を、是非味わってみてはいかがでしょう!?

小さな訪問者

 4月からこちらへ勤務するようになり色々なことが新鮮である。
 その一つ、2階で仕事をしていると、時々コツコツ、コツコツと物音が聞こえてくる。最初は何の音だろうと思っていたのだが、それはものすごい勢いと速さでガラスの壁面をつつく小さな訪問者、シジュウカラのガラスをつつく音だった。
 ほとんど毎日のようにどこからか飛んで来てはガラスをせっせとつついている。キツツキのような鳥の習性なのか、それともガラスに写る姿を見ているのかその目的はよくわからない。けれども小さな身体から出されるその力強い音には生命力と存在の頼もしさを感じる。
 そーと近付いて行くと、いつも飛び去ってしまう。でも明日もまた海風に乗って遊びに来るのだろうかと想像するだけで、優しく豊かな気持ちにしてくれるのである。

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