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weblogDSC_1209.jpg4月3日、「安田町まちなみ交流館・和」(安芸郡安田町)で女優、小林綾子さんが龍馬の姉、乙女になって龍馬からの手紙を読む朗読・コンサートを開催しました。演奏はシンセサイザーの西村直記さん、解説役で私も参加しました。
 安田町は龍馬の長姉、千鶴さんの嫁ぎ先です。夫、高松順蔵は文武両道に秀でた地域のリーダーでした。龍馬はその影響を受けたと思われます。ひたむきな「自由・平等」思想が高松順蔵にダブルのです。安田と言う地域が龍馬の原点と言われるゆえんでしょう。また今回、会場はこれまでのホール、舞台とは違いました。町が地元の人たちの交流の場として修復した古民家です。もちろん畳敷き大広間。部屋に入ると新築家屋独特の木と畳の香りに満ちています。奥には築山の中庭です。
 西村さんのシンセが一挙に幕末を盛り上げます。「さても、さても人間の一生は、、、」小林さんは手紙の出だしはそらんじていました。台本はほとんど見ません。舞台とお客さんとの距離は1メートルもなく、時に翻った着物の裾が触れるくらいです。小林さんの息遣いも伝わってきました。観客の笑い声と小林さんのアドリブの土佐弁、シンセのメロディーが溶け合い、一つの波になって流れます。最後、ライトに浮かんだ小林さんが「、、下界が騒がしゅうなった。龍馬、そろそろ出番ぞね!」と締めると、90人満杯の会場は拍手に包まれました。そして私も知らず興奮です。興奮が心地よいものに変わっていくのが分かりました。

今回の『龍馬の手紙を読む 朗読・コンサート』はDVD化が決定しています。乞うご期待を!また、現在、「安田町まちなみ交流館・和」では龍馬記念館・安田町連携の企画展第1弾「龍馬・心のふるさと展」を開催中です。入館料は無料です。この機会にぜひ、龍馬ゆかりの地を巡ってみてはいかがでしょうか。

『龍馬・心のふるさと展』
場  所:安田町まちなみ交流館(高知県安芸郡安田町安田1674-1)
開催期間:3月19日(土)~5月22日(日)
開館時間:9:00~17:00  入館無料

最近、龍馬記念館に小学生の入館が多くなったように感じる。
遠足、課外授業。そんな子供たちの解説案内をする機会も増えた。「今日はどんな小学生が来るのだろう...」「ちゃんと龍馬のことを分かってもらえるかなあ...」などと、毎度のことながら内心ドキドキもの。
しかし、案内を終えた後、いつも思うことがある。
それは、「彼らに出会えて良かった」と心からそう思えることだ。

龍馬記念館勤務も3年目に入り、仕事に対して心に少しだけ余裕を持てるようになってきた。案内する時、緊張の中にも少し肩の力を抜くことができるようになった。
おかげで、"視界"がほんの少しだが広がったように思う。
小学生の案内には、その少し広がった視界がとても役に立つ。
一方的に解説をする案内だけでなく、こちらから、問いかけてみたりすることも出来るようになったのだ。
彼らの熱心さや好奇心は自由奔放である。驚かされることが少なくない。
「龍馬には名前が二つあったの?どうして?」「龍馬のピストルの値段は?」
たじたじとすることもあり、学芸員さんに応援を頼むことも。しかし彼らのくったくのない笑顔や笑い声を聞くとこちらまで楽しくなってしまう。
自分が忘れかけていたものを思い出させてくれもする。
そんな小学生達と触れ合う時間があることに感謝の日々である。
来年のNHK大河ドラマは「龍馬伝」。目を輝かせてやって来る小学生の声が館内に響くはずである。

龍馬の手紙から

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weblog-090724.jpg龍馬の手紙は読めば読むほど面白いと思う。
臨場感のある書き口と例え話に釘づけになってしまう。
気取らない素直な龍馬の胸中が書かれているからだろうか。
文久三年六月二十九日の姉乙女へ宛てた手紙の中にこんな文章ある。
「・・・なんの浮き世ハ三文五厘よ。ぶんと。へのなる。ほど。やつて見よ。死んだら野べのこつハ白石チチリヤチリチリ。此の事ハ必ず必ず一人でおもい立事のけして相ならず候。一人リでいたりやこそ龍ハはやしぬるやらしれんきにすぐにとりつく。それハそれハおそろしいめを見るぞよ。・・・」
と、この後まだ続くのだが、訳しますと「どうせこの世は三文五厘。(どうってことはないから)ブンとおならをするくらいのつもりでやってご覧。死んだら野ざらしの骨は土に帰る。(お囃し)チチリヤ、チリチリ。このことは必ず必ず一人で思い立ってはいけませんよ。一人でやると龍馬はもう死ぬかも知れんからすぐに取りつくよ。それはそれは恐ろしい目に遭うよ。・・・」となる。
これは姉乙女さんが嫁ぎ先や旦那さんと上手く行かず厭世的な手紙を書き送ってきたためであろうことに対して龍馬が送った手紙である。
この部分を読むだけでも龍馬の乙女さんを想う温かな気持ちがとても伝わってくる。
戦争のこと、世の中のこと、日本のことを考え生きた龍馬。
愛する人を大切に想い生きた龍馬。
ぜひ、多くの方々に手紙から様々な側面を持った龍馬を感じてほしいと思う。
......しかしながら、龍馬もまさか後の未来で自分の書いた手紙がケースに入って展示されているとは思いもしなかっただろう...。

思いは同じ

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龍馬記念館には老若男女問わず、毎日たくさんの方が来館される。
全国、はたまた海外からもやってくる。
育った土地も環境も違う人達が龍馬を知って同じ思いを抱いて帰っていく。
思いをつなげる龍馬はすごいと日々実感する。
他人と他人が分かり合うことは簡単なことではないし、時間もかかる。
けれど、何か一つでも同じ思いを持っていれば、分かり合えるのだと、たった1時間前までは全く知らなかった人達と龍馬を語って、そう思う。
龍馬は人と人とのつながりを大事にしていたが、ここで働く中で、そのことの大切さを身を持って学んでいる。
龍馬記念館で働く者として、もっともっと龍馬の魅力を伝えられるよう、思いと思いをつなげられるよう、日々頑張っていきたい。

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現在、龍馬記念館では「幕末土佐の刀剣と鍔」展が開催中だ。
龍馬は刀剣好きだったというが、私自身はどちらかというと刀剣よりも鍔の方に興味を持った。
鍔を間近で見るのは今回が初めてだったが、見ていてあきのこない面白さがある。
細やかで丁寧な装飾が施されており、その中でも興味を惹かれたのは、兎の形をした鍔で、毛の一本一本まで描かれており、思わず見とれてしまう。
派手さはないが、小さな鍔の中に「書」や「水墨画」のような色のない色彩感覚を感じることができる。
これが職人技というものだろうか。
龍馬は新しいもの好きで色々身につけていたが、龍馬に限らず武士はなかなかハイセンスなものを身につけていたように思う。
開催期間中、じっくりと当時の美意識を勉強したい。

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「旅」を一言で言い表すのは難しい。観光を目的とした旅、思い出を巡る旅、気持ちをリフレッシュさせるための旅、自分を見つめ直す旅、修行の旅…。旅の表情は色々ある。
龍馬も多くの旅をしている。特に、京都での死を迎えるまでのわずか5年間の間に福井、京都、下関、熊本、長崎…西へ東へ北へ南へ、新しい日本を夢見て命懸けの旅を続けた。
人間以外の生き物も旅をする。しかしそれは生きるための旅。寒い場所から暖かい場所へ、食べ物の少ない場所から豊かな場所へ、子育てをするのに適した場所へ。
彼らは旅をしなければ生きてはゆけない。
だが、人間は旅をせずとも生きてはいける。
でも、旅することで生きる勇気や元気のエネルギーを得る。

これは、私の推測でしかないのだが、太古の昔に生きていた私達の祖先の記憶がそうさせるのではないだろうかと思う。身体の中に刻み込まれたDNAが騒ぎ出すのかも。最近、日米英の国際研究チームが人間の祖先が「ホヤ」よりも、ヒトなど脊椎動物の祖先「ナメクジウオ」に近いと突き止めたという記事を見た。「ナメクジウオ」は実にヒトと遺伝子の6割が共通しているという。
つまり、何億年経った今でも人間も、そして人間以外の生き物、いずれも生き物としての原点は変わらないといえるのではないか。結局、生きるために旅をし続ける“運命”なのかもしれない。
旅する理由は変わろうともである。そう、龍馬は時代を超えてまだ「旅」している。

今あるもの

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地方に住んでいる私は将来都会に住でみたいという願望があった。そのせいか、仕事以外で都会から地方へ移り住む人の気持ちは正直少し理解できなかった。しかし最近、自分にとって納得のいかない環境でも、見方の側面を変えて見つめ直してみると、『そこにしかない幸せ』が存在するかもしれないと思うようになった。現在、自分の興味を誘うものだけを見つめて、退屈だと感じるのはあまりにも惜しいと。
そんなことを考えていると、あるドラマのセリフを思い出す。「目の前のことに一生懸命になれないやつに将来を語ってほしくない」。目の前のことを悲観的にとらえて正面から向き合おうとしなければ、今あるものの大切さや尊さを感じる事はできない。今あるものが大切だと感じた時、語ることのできる理想の将来がそこにはあるのではないかということだろう。
とはいえ、目の前のことに一生懸命になることは、なかなか難しい。日々同じことのくり返しで毎日が同じように過ぎていく中、一日一日をどれだけ一生懸命過ごせるか、自分を見失わず今あるものを大事にしていけるのか。
自分自身との闘いである。

カムサハムニダ

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「カムサハムニダ」韓国語で「ありがとう」という意味だ。
最近、記念館を訪れた韓国人観光客の方にそう言われた。日本語でなくとも意味さえわかっていれば、言われた時うれしい。韓国語を少し知っていて良かったと思った。記念館を訪れる韓国の方は多い。韓流ブームもあって、いまではすっかり身近になった隣国であるが、まだまだその文化には知られざる側面がある。
 私も昨今の韓流ブームに乗っている1人なのだが、ここ最近、はまったドラマがある。韓国を初めて統一した実在の人物をもとに描いた歴史ドラマで、なかなか見ごたえのあるものだった。しかし驚くべきことに、このドラマなんと全80話近くある。日本では考えられない放映回数だが、韓国では当たり前のことらしい。当時このドラマが始まる時間帯になると街から人の気配が消えたという。それだけ、皆、自分達の国の歴史に興味があるのだ。
 自分達の過去を知ることは今を知ることになり、そして、未来を知ることになると何かで聞いたことがある。たしかにそうかもしれない。過去の歴史を知ることで変えられる今や未来がある。

 記念館に勤め始めて歴史をより身近に感じる今日この頃だが、これからもより多くの歴史に触れ過去を知りたいと思う。過去から学べる今を見つけられるように。

憧れ

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憧れは人に夢を見させてくれる。憧れがあるから夢に向かって走れるような気がする。
龍馬もかつて海の向こうにある世界に憧れ、夢を追っていた。
昨年、親しい人が一流の料理人目指してフランスへ修業に出た。身近な人が行くとなるとぐっとその存在を近くに感じる。母国でない国で活躍することは並大抵の努力ではかなわぬことだが、ぜひとも本場のシェフに負けない料理人となって活躍してくれることを切に願う。
私自身、海外には憧れや興味があってテレビの旅番組を観ることや旅行することが好きだ。
海外に行くと今まで自分が持っていた価値観が変わる瞬間を感じることができる。
価値観が変わるといえば少し大袈裟かもしれないが、その国ならではの文化や宗教、生活習慣といった自分が今まで知らなかった違いを目の当りにした時、なんともいいがたい驚きをおぼえる。紙面上、画面上で知り得るものはごく一部で、実際その地に降り立ち知る情報の多さには、何時の場合でもたじだじとさせられる。
また、私の海外に行ってみたいと思うきっかけはいつも何かに憧れてである。「憧れ」は興味や好奇心をかりたてる。それは勇気を起こさせ、夢実現へ行動の第一歩を踏み出させてくれる。龍馬も憧れを抱き、夢の実現のため奔走した。叶えた夢、叶えられなかった夢もあっただろう。それがまた、次の夢への弾みとなると思う。
現在当館では『幕末写真館』展が開催中だが、龍馬も含め写し出される写真の中の人々はどんな憧れを持ち、どんな夢を抱いていたのだろう…。

新しいもの

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 最近、気に入っている飲み物がある。
 ミルク、シナモン、その他香辛料の入った紅茶、チャイティラテだ。ホットとアイス両方あるのだが、どちらも美味しい。このチャイティラテ、最近オープンしたばかりの店で見つけた。都会では人気もありよく目にする店なのだが、高知での店舗展開は初めてということで、オープン当初から朝晩行列ができ、連日賑わっていた。行列の中並ぶのは気が引けて、少しほとぼりがさめてからにしようと、オープン後数ヵ月ほど経って訪れたのだが、相変わらず、時間帯によっては行列ができるほどの盛況ぶりだった。
 高知の人は個人差はあれど大多数が新しいものを好む傾向があるように思う。それが、都会で人気のあるものならなおさらだが、新しいものには敏感であるように感じる。ファッションにしても高知の若者は他県に比べて流行に敏感だと聞く。私もどちらかというと新しいものには目がなく、「新発売」と聞くとついつい手がでてしまう。私も高知の人間ということだろうか。
 坂本龍馬。彼は特段新しい物が好きだったという。これも彼に高知県民の血が流れていたからなのだろうか。龍馬の「新しもの好きは」=「先見性があった」がゆえのことかもしれないが、県民性として新しいものが好きだということが影響してなくはないように思う。龍馬の血=高知県民の血、血で結論を出すことは安易な考えだと思うが、全く無関係ではない気がする。ひょっとすると、高知県民の血の中にも先見性を持つ遺伝子が隠れているのでは…。
 そう、考えているとついつい新しいものをいつも以上に真剣にみてしまう今日この頃である。

タイムリープ

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「タイムリープ」…自分の戻りたい時間に時を戻すこと。
あるアニメ映画に登場するものだが、辞書には載っていなかった。
この映画の大まかなストーリーは、主人公である一人の少女が偶然この便利な能力を得て喜び浮かれ、それを使い時間を行ったり来たりするのだが…。
過去に戻り、起こるはずの出来事を変えてしまったことで、それに関わる他人の人生までも変えてしまい…。結末は切ない気持ちを残すものであった。
自分の人生は自分のものである。しかし、自分の人生であるからと動かした現実が、周りの人間の人生も一緒に変えていることがあるかもしれない。それが、故意であろうとなかろうと、いつの間にか自分だけの人生ではなくなっていることもある。自らのものであり、他人のものでもある。人生とは、そういうもののような気がする。
記念館に、坂本龍馬・中岡慎太郎が暗殺された近江屋の実物大セットがやってきた。ここで、起こった事件でいったい幾人の人生が変わったのだろう。実物大セットに触れ、想像の中で、「タイムリープ」を味わってみようと思う。

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