ミュージアムショップで龍馬グッズをあれこれ手にとってみていた若い女性。ずいぶん迷ったあげく購入したのは、クリアファイルでも携帯ストラップでもなく、龍馬の手紙を現代語訳した本「龍馬書簡集」。龍馬の心がわかる物。
最近心なしか来館される方の展示の見方が変わってきているような・・・。
展示ケースの中の龍馬の手紙一つ一つの前に人が立ち、熱心に見つめる姿。低いケースにはひじをつきながら読みふけっている様子。展示を見せられているのではなく、積極的に見ている感じ。「龍馬を知りたい!」そんな熱意のようなものが館内のそこここから伝わってくる。
昔も今も多くの人々の心をとらえる龍馬の魅力。物事を客観的かつ公平に見極める目、的確な状況判断と行動力。そして何より人をいつくしみ、敬い、共に手を携えることの大切さを知っている。茶目っ気もあり憎めない。
誰もが知っている龍馬の顔。6枚あるどの写真も彼は無表情。視線は遠くに向けられ、正面向きの写真でさえ見る側と目が合わない気がする。共に生きた人々が彼を思う時真っ先に浮かぶのはどんな表情だったのだろう。今私が「知りたい!」のは龍馬の笑顔!
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床の最近のブログ記事

記念館出口の小さな住人、まるまるとふくよかなすずめ達。スロープの柵のワイヤーにとまった姿は、五線譜の上の音符のよう。子すずめのユーモラスな羽ばたきの練習。(近寄って目が合っても逃げません。)受付の自動扉のガラスの枠がさながらフレームのようにおさめた小さな風景。
その奥に広がる雑木林。梅、桜、シイの木・・・年月を経た文字どおり様々な種の木々が密生し、吹き渡る風にいっせいにざわめく。
豊かに茂るクスノキ。降り注ぐような落葉と共に芽吹いた若葉の淡くみずみずしかった新緑の色も、今は深い緑へと変わっている。木々の間わずかにのぞく空の色の移ろい。入り口に立つ龍馬像を透かして届くまぶしい光。夏が近い。
受付からの見慣れた日常の風景が、心に潤いを与えてくれる。
開館前の誰もいない展示室。企画展コーナーに入ってすぐ左にある、腰の高さの小振りな展示ケースの前で足を止める。
中に納まっているのは龍馬直筆の本物の手紙。ガラスに顔を近づけ、しゃがんでみる。手紙との間隔はわずか。龍馬はこの紙をこれくらい近づけて書き、手にして紙面を見つめたのかもしれない。濃く、薄く、かすれ、また濃く、薄く、かすれ…。のびのびと踊るような筆遣いの文字が、言葉が、心の声が直に語りかけてくるような不思議な感覚。
書き留められているのは龍馬の生きた時間の中の一瞬。気持ちのまま一気に筆を走らせた手紙そのものをこんな間近で目にしているなんて…。
宛名は「乙様」。遠く離れた大事な弟の手紙を乙女姉さんは何よりうれしく読んだのだろう。全く関係のない他人ながら読ませてもらった私まで、包み込まれるような温かな気持ちになれる。
142年の時を経て、今彼の手紙はすべて、読む人皆に宛てられた龍馬からの励ましの手紙になったのかもしれない。共感し、笑顔になり、涙がこぼれ、元気をもらい、勇気づけられ…。どれだけ時が経とうと、人の思いは色褪せないものなのだ。
もう師走も半ばになり、今年もあとわずか。
受付に座るとちょうど目の高さに見える歩道の上、降りそそぐように落ちゆく木の葉が風に舞う乾いた音。
その先の遊歩道にびっしりと落ちていたシイの実も今はまばら。
勤務時間前に早く来てたくさん拾ったシイの実を、家で水にくぐらせて干してきたからと、いつも明るくまじめな警備員さんKちゃんが分けてくれたのはほんのこの前だったような…。彼女の心遣いをうれしく思いながら、大喜びの娘とフライパンで煎ったシイの実はなんとも香ばしい秋の味だった。
短かった秋…。
寒い朝、「はや正月が来るぞ。…いよいよ(土佐弁:本当に)早い。」としみじみつぶやく館長。
思えば歳を重ねるごとに、月日は加速度を上げて飛ぶように過ぎていく。
展示室の龍馬の写真を目にすれば、彼の33年の生涯もまるで駆け抜けるようであったろうと思いを馳せずにはいられない。
その短い33年間、命を賭けても成し遂げたい熱い思い、心揺さぶられるできごと、すばらしい人々との出会いと交流…、あんなにも多くの手紙に書き残せるほど人に伝えたいことがあった龍馬の人生は、本当に豊かなものだったのだと思える。
信念を持って何かを成す達成感は容易に得られるものではない。
それでも様々なものを自分なりに感じながら、
心豊かに生きていきたい。
美しいものを目にする感動、人の温かな心、大切な人達とのつながり、その中で何気なく交わす会話、笑顔、さりげない優しさ、思いやり…。
足早に過ぎ行く日々だからこそほんのひとときの小さな幸福感も大事にしたい。
夕刻、辺りが少しずつ暗くなり始めた頃。
「今空がすごくきれいなき、カメラ用意して。」と誰か(館長?)の声。
薄暗い海と空を想像しながら、居合わせた職員とともに海側の広場に出て息をのんだ。

空一面に広がる雲は美しすぎる茜色。ほの暗いブルーグレーの空との幻想的なコントラスト。沈みきったはずの太陽の残光が、複雑な形の雲を染め、海原にも淡いピンク色を映して…。
しかしそれもつかの間、ふと気づけば茜の光は消え、群青の空わずかに星の瞬き。
自然の成せる神秘な美しさを皆で共感し、笑顔を交わして心和んだひと時だった。
夜、信号待ちの車窓から景色を見る。
川面にゆらめいて広がる淡い金色の輝き。
見上げれば漆黒の空に雲に包まれ眩い光を放つ真丸な月。
浮かび上がる浦戸大橋のシルエット。
見慣れた昼間の風景とは別世界にも思われた。
昼間多くのお客様で賑わう龍馬記念館。
8月の土日は夜8時までの開館。
夜のとばりが降りたあとの2階展示室。
照明にてらし出される近江屋八畳間。
あの龍馬運命の日へと誘われるような夜の闇と静寂を
ガラス張りの展示室の向こうに感じて…。
昼間とはまた違う何かを感じに
夜の龍馬記念館に足を運んでみられませんか。
日々春めく景色に心浮きたつ3月。
館駐車場の早咲きの桜はもう満開。ふくよかなピンクの花に思わず手を添えるとほっと心も和む。花咲く春の到来。
花といえば、冬の間も館内でひそかな人気を集めたのが、鉢植えの土佐寒蘭。香りをかいでみる人もいるほどだが実は和紙でできていて、人間国宝の方が漉かれた土佐和紙を使い、土佐和紙工芸作家の伊与田節子さんが紙に命を吹き込むように制作されたもの。
龍馬にはさほど興味なく退屈そうに館内を巡るお客様でも、この土佐寒蘭の前では必ずといっていいほど足を止め、とても熱心に鑑賞していかれる。これにはさすがの龍馬も形無し。
花の美しさはどんな人の心をも動かし、引きつけて止まない。
龍馬の甥の孫、坂本直行さんが愛し描き続けた、厳しい北の大地に咲く花々。昨年その絵画の企画展に例年に増して多くの方々が足を運んでくださったことも思い出される。
龍馬もある花の印象を姉乙女への手紙に綴っている。
最愛の女性お龍さんを伴って旅した、鹿児島の霧島山。そこに「オビタゞシク」(「」内は龍馬の文面。)咲いていた霧島つつじ。「なる程きり島つゝじが一面にはへて実つくり立し如くきれいなり」。二人仲良く「はるバるのぼり」、お龍さんの手を引き、山上で大いに笑い合った。かけがえない大切な人との思い出にそっと寄り添う花。
後年お龍さんが龍馬を偲ぶ時、龍馬の面影とともにこの霧島つつじの記憶がよみがえったかもしれない。
人それぞれ、様々に花を思う。
花々がもたらしてくれる喜びを感じながら春を満喫しよう。
「世界観をひろげれば、人生に対する理解も深まります。
…試みようとしているのは、新しい文化の種を植えつけて、世界中の伝統と音楽の声を讃えることです。」
世界的チェロ奏者ヨーヨー・マの、ジャパンツアーのリーフレット。
彼のコメントの最後、「讃える」という言葉に目がとまる。
讃える、称える=ほめる=物事を良しと認め、その気持ちを表す。
称えると言えば、健闘を称え合う、業績を称える、などとよく耳にする。
でももっと何気ない日常的な人間関係の中でも、「讃える」ことはとても大切であるように思う。
人からほめられたり認められるのは嬉しいし、自信がつき力も湧く。
そのことで相手への信頼が生まれ、よりよい結果につながる。
さりげなく添えられたこの言葉は、
心豊かに生きていくための大事なキーワードのひとつなのかもしれない。
龍馬にはその天性が備わっていたに違いない。
そうでなければ、身分の高い人達や才能に秀でた人達からの惜しみない協力など得られなかっただろう。
日本を変えた大仕事も、ひとりの力だけで成し得たのではない。
人を讃え大切にできる、そのことが龍馬の人間としての評価につながり、人の心を動かしたのではないだろうか。
不可能と思われたことも龍馬だからこそ実現した。
開催中の幕末写真館展では、そんな人々の顔ぶれを見ることができる。
150年の時を経て、生きて出会うはずの無い人に、写真を見ればどこかで会ったかのような、
手紙を読めば心情を語られているような、そんな不思議な感覚にふととらわれる。
それぞれの志を持つ仲間同士、認め合い、信頼し合って生きた彼らの姿が、
「讃える」ことの良さも思い出させてくれるかもしれない。
ある俳優さんが、あなたの宝物は?ときかれ、「人です。」と答えていた。
これまで自分が出会ったたくさんの人達のことを思い浮かべた。大好きな人。いつも一緒にいる人。ずいぶんご無沙汰している人。もう会えなくなってしまった人・・・。
つい先日、「ずいぶんご無沙汰している人」のひとり、数年故郷を離れていた親友が高知へ帰ってきた。久しぶりの再会にもブランクを感じることなく話に花が咲き、昔から少しも変らない彼女の暖かさにふれ本当に嬉しかった。
彼女には多くの親しい友人がいる。その人達のすばらしさはどんなところか、人柄を思わせるエピソードなど、彼女はとても楽しそうに語って聞かせてくれる。聞いている私のほうまで楽しくなってくる。
龍馬の手紙を読んでいて、似たような楽しさを感じたことがある。
例えば、乙女姉さんに宛てて書かれた、3mもの長さになる手紙。妻に迎えるお龍さんの紹介が内容の半分をしめている。
好きな女性をお姉さんに気に入ってもらいたくて一生懸命のようだが、なんと悪者相手に大喧嘩の末、勇ましくも妹を救い出した「まことにおもしろき女」と書かれてあるのだ。良妻賢母からは程遠いイメージ。
よりによってなぜそんな紹介文になってしまったのかわからないが、龍馬の感性で見たお龍さん像がそこにある。
乙女姉さんも、おだてられながらの突拍子もない文面の弟の手紙を、苦笑しながら読んでいたのではと想像してしまう。
同志達ばかりでなく、師である勝海舟など幕府や藩の要人まで、多くの人物と交流を持ち、絶大な信頼を寄せられていた龍馬。
それは、彼が人の優れている点を見い出し、尊重することができたからではないだろうか。
人に共感し、美点を率直に認めることができれば、相手の魅力もより引き出され、お互いにとてもよい関係が築けるように思う。
そんな人との出会い、かかわりが、人生をずっと豊かなものにしてくれるに違いない。
記念館の屋上。朝日を映して広がる美しい海を眺めていると、頭の中が音楽を奏で始める。ハーバートという作曲家のチェロ協奏曲。ソリストは大好きなチェロ奏者、その人柄を誰もが称えるヨーヨー・マ。優美な旋律と温かく深みのあるチェロの音色が海と溶け合う・・・。
大好きな・・といえば、俳優のジョニー・デップの顔も浮かぶ。役ごとにがらりと表情を変える独特の演技に魅了される。おしゃれな着こなしのその腕には、彼の幼い娘さんが作ったというかわいらしいビーズのブレスレット。共演した子役の男の子は、「彼の誰にでも分け隔てなく親切にする姿勢を見習いたい。」と語っていた。
そしてこの記念館の主役。言わずと知れた維新の英雄、坂本龍馬。彼は先見性や行動力だけでなく、心の広さも待ち合わせていた。龍馬を慕っていた志士、陸奥宗光は、頭が良すぎて人を馬鹿にするようなところがあり、嫌われることが多かったとか。しかし龍馬はそういう人でさえも温かく包み込んだ。器の大きな人物だった。龍馬が暗殺される2日前に書き残した手紙は、この陸奥に宛てた、趣味の刀談議。
海を前に勝手に連想しただけの、全くつながりのないこの三人。でもどこか似通っているような・・・。
それは魅力的な人柄とたぐいまれな才能とが相俟ってすばらしいものを生みだしていること!人を感動させ、惹きつけてやまず、勇気づけることさえある。
しかも龍馬は時を超えて・・・。

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