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縁の下の力持ち

 龍馬記念館では職員と共に、警備員、清掃員の方々が働いている。

 清掃員の方々は私の母親ぐらいの年齢の女性達ばかり。皆さん明るく働き者で生き生きしている。掃除機の音とともに「おはようございます」の元気なあいさつで、出勤してくる職員を迎えてくれる。
 毎日早朝から、3、4人で作業されるにはかなり広いと思われる館内を、てきぱきと要領よく、隅々まできれいにされる。開館時間前の節電のため、空調や照明もほとんどつけない中での清掃作業。
 じっくりと展示を見てくださったお客様の熱心さが伝わってくるような、手や顔(?)の跡がいっぱいの、展示ケースのガラスの見事な汚れっぷり(ごめんなさい・・・。)、桂浜の散策からフロアにまで運ばれてきた砂のざらつき。これが翌朝には何事もなかったかのように、きれいさっぱり消えている。
 「15年近くも経っているとは思えないくらいきれい。」とお客様からお声をかけていただいたときは、お掃除のおばちゃん達のおかげだな、としみじみ感じた。

 警備員さんのお仕事ぶりはとてもまじめで几帳面。
 館内外をくまなく見回り、見落としがちなところにまでよく気が付き、よく動かれる。
 様々な用で「Sさーん!」とお呼びが掛かり、駆けつける。ときには『海の見えるぎゃらりい』の展示替えにまで駆り出されたり、お一人では体がいくつあっても足りないような時も・・・。
 猛暑の夏は、お盆の間の入館者数が連日1,000人を超す中、強烈な日差し(倒れてしまうのではと心配になるくらい・・・。)の駐車場で、混み合う車の誘導に何時間も当たっておられた。仕事となれば、炎天下や大雨の屋外も厭わない。
 日々きっちりとご自分の仕事をこなしていかれる。

 こんな皆さんのお仕事ぶりに、いつも頭の下がる思いだ。
 お人柄から、仕事の合間にかわすちょっとした会話にも元気をもらっている。

 幾多の方々のお力と、お客様の熱意に支えられ、坂本龍馬記念館はまもなく15周年を迎えようとしている。

今日の海は...

海辺の丘の上。ここ坂本龍馬記念館では、高い目線から太平洋を望むことができる。
180度にひらけた果てしなく続く海原。水平線はわずかに丸みを帯びている。
海は地球上でひとつにつながっているのに、見る土地によって様々。
同じ場所から見る海でさえ、日々違った表情を見せる。

ここから見えるそんな海の様子を、来館されるお客様にもゆっくり眺めていただきたいと、「龍馬の見た海」と題した小さなブラックボードを入口近くに設置、晴れた日の真っ青な海の写真の下に、「今日の海は・・・」のタイトルで短く文章に綴ってお伝えしている。
毎朝その日の受付担当者が、開館前のわずかな時間に書き上げているが、限られたスペースに「簡潔に分かりやすく」表現するのは意外と難しい。
そのうえ数時間で海の状態が一変していたり、館長からの、「全体ばかりでなく、部分的にも捉えてみて。」との指示に、せっかくまとめた文章を書き直すことも。

さてお客様の反応は・・・。
一瞬ボードに目を留めただけで、そのまま立ち去る方、立ち止まり、ひとり腕組みでしばらくボードを見てくださる方。(海を眺めてみようと思っていただけたかな、と気になる。)
「眺望度100%だって。見に行こうか。」とグループで屋上へ向かわれる方。(よかった!ひと安心。)
「これはあなた方が書くの?なかなかよく書けてる。」とご年配のお客様がお声を掛けてくださった時には恐縮してしまったが、とても嬉しく、ありがたかった。

これまでボードに書いてきた中のいくつかはこのような内容。

  • 早春のある日
    「海面に美しく反射する陽光のまぶしさ。穏やかに寄せるさざ波。はるか東に岬が霞む春です。」
  • 風の強い晴れた日
    「強風に波は高め。海面にはくっきりと白い波頭がリズミカルに顔を出す、美しいブルーの海です。」
  • 風の強い曇りの日
    「打ち寄せる波は高く、海面も大海原を実感させるダイナミックな動きをみせています。」
  • 薄曇り 眺望度60% 穏やか
    「白っぽく霞んだ空を映したような色の海面。その細かな陰影や動きもまた美しい今日の海です。」
  • 曇り時々雨 眺望度50% 大迫力
    「うねりのある灰色の海面に、霞む水平線。波は荒々しい音と共に大きく打ち寄せ、白く長く跡を残して引いていきます。」
  • 雨 眺望度40% 穏やか
    「海面に雨の足跡。寄せる波はやさしく、霧に包まれた海です。」

最後の一文、Kさんの書いたこのボードを読んだきり、海をよく見ることなく勤務を終えたこの日の帰り。
大粒の雨の中ふと海に目をやると、海面にポツポツと無数の細かいくぼみが。なんと雨粒が海に降って落ちるのが、光の加減で見えたのだ。
こんな海を見たのは初めて。まさに「雨の足跡」だった。

想像力

テレビからの情報、映像に頼りがちな現代では、人間の想像力が減退してきているのではないか。映像は一目瞭然で、見せることには優れているが、想像し、考える力を奪っているのではないか。
ある方がテレビでそんな内容の話をされていた。その方は旅をし、たくさんの人と会って、いろんな話を聞くのだそうだ。

確かにこの頃は、話を聞く、読む、といったことが少なくなってきたというのは、自分にも思い当たるところがある。
一児の親としても、テレビにビデオにと安易に映像を見せがちな面を反省。本を読んだり話をしたり、子供と向き合って、想像力を育めるようなゆとりある時間を、もう少し増やす努力をしなければと思った。
でもやはりテレビ、映像は自分の生活の中の一部でもある。トリノオリンピックのテレビ中継も楽しみだ。そういえば、ラジオのアナウンサーの方が、「トリノオリンピックはぜひラジオで!言葉の持つ迫力で中継を楽しんで下さい。」と言っていたのもとても気になる。

映像のなかった時代、龍馬もたくさんの人と会い、よく話を聞き、書物を読み・・・そうして培った想像力によって、あの素晴らしい先見性を持ち得たのだろうか。
彼の遺した139通の書簡には、独特の表現で様々な彼の思いが綴られている。中にはなんとか相手に伝えようと、イラスト入りの説明書きがあったり、ユニークなたとえが使われていたり・・・。

皆さんも龍馬の手紙を読んで、想像力、働かせてみませんか。

レモン

 慌しい一日の終わり、ホットレモンで一息いれる。あたたかい。

 レモンを見ると、いつも小椋前館長のお顔を思い浮かべる。
もう何年も前、実家の庭でとれたレモンを館に持参し、休憩時間にレモンティーを皆に入れて出したときのこと。「ご実家のレモンの香り、楽しませていただくよ。」と、スライスした、たった一切れのレモンを、とても大事に味わってくださったことが本当に嬉しかった。心があたたかになった思い出。
「お子さんは元気?」などと、一人一人のことを気にかけてくださったりもした。
お客様に対しても、何かと気遣い、気持ちのこもった案内をなさっていた。

 人と人とのかかわり合いは、心掛け次第で、通い合うもの、与え合える何かが変わってくるような気がする。
周りの人へのあたたかい心遣いや感謝の気持ち、尊重する大切さを私も忘れないよう、お客様にも誠実な応対を心掛けていきたいと思う。

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