後藤象二郎誕生地

◆高知市与力町5-18
◆電車大橋通下車、徒歩5分

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板垣退助誕生地から南へ150メートルほど鏡川方向に歩くと日本キリスト教団土佐教会、聖泉幼稚園の門前に後藤象二郎先生誕生之地の碑がある。
後藤象二郎は1歳違いの板垣退助とは竹馬の友であり、叔父吉田東洋に抜擢され容堂の信任も厚かった。
慶応元(1865)年の土佐勤王党の獄での処断で、大監察の彼の厳酷な審理は周辺から怖れられもした。慶応2(1866)年には開成館仕法開業にこぎつけ、航海遠路の策をすすめ、長崎から上海にまで足をのばしその見識を変えた。

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坂本龍馬とは慶応3(1867)年長崎で逢い、時局を論じてからは龍馬の策も受け入れ、東洋暗殺、勤王党の断罪という旧怨を越えて行動を共にするようになった。龍馬と船中八策をまとめ、大政奉還建白では容堂の許可もとりつけ、将軍慶喜への進言にも成功した。