山田町の番所と獄舎跡

◆高知市はりまや町3丁目17-21
◆JR高知駅下車、徒歩10分

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JR高知駅から電車軌道に沿って南に歩くと江ノ口川に架かる高知橋がある。それを渡らず東へ左折すると右手前方に山田橋が見える。車道は狭く風変わりなセメント製の欄干だ。歩行者の橋もすぐ上流に沿ってある。この橋の南詰東側が藩の獄舎跡地で、西側が番所跡だ。当時、橋の南詰は広小路となっており山田町升形ともいわれた。廓中の升形にちなんだものだろう。この橋は北街道、東街道からの城下への入り口であり番所と高札場があった。
この獄舎は、文久2年には青蓮院宮の令旨を得て、隠居中の山内豊資のもとで藩政改革を行おうとし、山内容堂の怒りに触れた間崎滄浪、平井収二郎、弘瀬健太らが投獄され切腹処刑された所であり、また慶応元(1865)年5月11日には、岡田以蔵、村田忠三郎、久松喜代馬、岡本次郎ら勤王党の獄で捕えられた志士たちもここで斬首された。多くの勤王の人々の血をみた獄舎の跡だ。