開成館跡

◆高知市九反田17(東九反田公園)
◆電車知寄町行・菜園場下車、徒歩10分

019.jpg

ホテル日航高知旭ロイヤルの前の道を東へ進むと右手に公園があり、そこに「憲政之祖国」の大きな記念碑がある。この公園が「開成館跡」、「三傑会見の地」、「海南学校跡」、「憲政記念館」と呼ばれる所だ。公園の南西隅に「開成館址 西郷木戸板垣三傑会合之地」の碑も建っている。
開成館は慶応2(1866)年、藩が殖産興業、富国強兵を目指して建設したものだ。慶応3(1867)年8月、イカルス号水夫殺害事件は、夕顔艦上での交渉では片付かず、場所を長崎に移した。通訳のサトウは、後藤象二郎の招待で藩船空蝉で須崎を出発、8月11日浦戸に着いた。イギリス公使の通訳アーネスト・サトウと山内容堂の会見はここで行われた。この時の様子は、坂本精一訳『一外交官の見た明治維新』に詳しく載っている。
三傑会見には,明治4(1871)年1月19日、薩摩の西郷隆盛、大久保利通、長州の木戸孝允、杉孫七郎と、板垣退助、福岡孝弟らが出席し、三藩協力して政府を強化し、維新の大業完成を目指す親兵献上の案を決定した会談だ。これは廃藩置県にもつながる。この地こそ維新前後の歴史の大きな舞台であった。