中城家

◆高知市種崎17
◆土電バス種崎方面行、種崎一区下車、徒歩2分

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桂浜、高知県立坂本龍馬記念館から種崎方向へ浦戸大橋を渡ると信号がある。その信号を左に折れ100メートルほど行けば四差路だ。
そこを右折すれば間もなく左手に白く重厚な築地の塀がある。庭木も塀からのり出すような邸だ。現在は個人の居宅で、一般開放はされていない。
慶応3(1867)年9月23日(『随聞随録』)、震天丸はライフル銃千挺を積み、浦戸に入った。種崎に上陸した龍馬が一時密かに潜伏したのがこの中城家だという。
中城家は山内家の御船手方を務め、当時の当主直楯も大廻船御船頭だった。龍馬がここに潜伏したのは、中城家が龍馬の継母伊与の里である川島家のすぐ隣であり歌会などでも親しい交際があったため、龍馬も少年時代から中城家の人々とは面識もあったからだろう。
初代県立図書館長だった中城直正氏が、母からの聞き書きとして『随聞随録』を残している。それには龍馬来宅の様子がくわしく書かれている。
やや黒ずんだ白壁の築地塀、瓦の目地には苔も見える。庭石の一つ、庭木の一本々々にも藩の船手方の生活やその雰囲気がうかがえ、そこに貴重な歴史のページがあるようだ。