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記念館についての色々

カテゴリ:記念館について

(1)いつ記念館が建てられたか?
(2)資料は何点あるか、どのように集めたか?
(3)現在の入場者数は?
(4)なぜ、記念館は桂浜に建っているのか?

(1)1991(平成3)年11月15日開館です。今年で18年目です。建設のきっかけは、1985(昭和60)年に龍馬生誕150周年を記念して、龍馬の資料を展示できる館を作ろうという動きになりました。全国に募金を呼びかけて8億円集め、高知県が2億円出して建てられました。

(2)2008年12月26日現在で、470点あります。これらは、寄贈(いただいたもの)、寄託(あずかっているもの)、購入(お金を支払ったもの)によって集められました。

(3)2008年12月26日現在で、入場者数は2,222,137人です。開館以来6,199日目になります。

(4)龍馬像が桂浜にあるからです。この記念館も龍馬像もともに募金で建てられましたが、この館は最初から龍馬像の近くに建てたいという考えだったようです。それではなぜ、龍馬像が桂浜にあるのかといいますと、龍馬は勝海舟の海軍塾に入って以後、ずっと海と船と関係しています。亀山社中や海援隊などです。また、龍馬の手紙の中には何度も"世界の話"が出てきます。龍馬は仲間たちと船で世界に出ていくことを早くから夢見ていました。そんな龍馬だからこそ、銅像は世界に通じる海を眺めることが出来る場所に建てたかったようです。龍馬が桂浜に遊びに来たという資料は残念ながらありません。しかし、浦戸湾をはさんで対岸の種崎には継母(2番目のお母さん)の実家があり、よく遊びに行っていたようですので、対岸の桂浜にも来た可能性はあります。

地下2階展示室の複製資料について

カテゴリ:記念館について
地下2階展示室に展示されてある複製の展示物は、京都国立博物館に行けば現物が見れるのでしょうか?
龍馬の資料(本物)は、当館に保存しているものもございますが、多くは京都の国立博物館にあります。残念ながら、国立博物館では常時展示はしておりません。国立博物館については当館リンク集からHPを見る事も出来ますし、企画展などの機会に問い合わせてみて下さい。
また当館では複製にはなりますが、龍馬関係の資料を多くご覧いただけるのではないかと思います。

記念館に龍馬の刀はありますか

カテゴリ:記念館について
坂本龍馬記念館に龍馬の所持していた刀はありますか。
残念ですが、龍馬の所持していた刀は所蔵していません。龍馬は刀について関心があり、コレクションしていたようで権平兄さんによく刀をわけてほしいとねだっていました。

龍馬の所持していた「吉行」は、龍馬が兄権平(ごんぺい)に慶応2年12月4日の手紙で送って欲しいと頼み、権平(ごんぺい)がたまたま土佐を訪れた西郷に頼んで龍馬に渡してもらった刀です。この刀は暗殺された時床の間に置いてあり、それを急いで取り、鞘をはらうひまもなくそのまま敵の刀の切っ先が額を切り込み致命傷となりました。

初日の出を桂浜で迎えたい

カテゴリ:記念館について

初日の出を桂浜で迎えたいんですが、元日は開館していますか。

以前は年末年始は休館日となっておりましたが、現在は年中無休で元日も開館しております。ただ初日の出を見る場所として、'桂浜'や、桂浜に行く直前の'花海道'と呼ばれる海沿いの直線道路はとても人気があり渋滞します。水平線から昇る朝日は雄大ですばらしいものですが、元日のAM2~3時頃から"並ぶ"ぐらいのお気持ちで、おいでいただいたらよいかと思います。(お車で通常、中心地の「はりまや橋」から「桂浜」まで30分です。)また、お帰りの時も渋滞します。おいでになる時はお気をつけてお越しください。

記念館屋上からの景色

カテゴリ:記念館について
記念館屋上から西方向幾重にも重なる岬や山々に時間も忘れて素晴らしい景色を眺めていました。もう一度あの景色を見たくて、パンフレットなどを探すのですが、なかなかみあたりません。絵葉書、ポスターなどがありましたら、ぜひお知らせください。

屋上からの景色についてですが、オリジナルポストカードとして、ミュージアムショップや通信販売で販売しております。またホームページの「記念館からの四季を撮る」で記念館で撮影した写真を掲載しています。そちらもご覧になってみて下さい。

卒業論文の資料「龍馬とイギリスの関係」

カテゴリ:その他について
卒業論文を書く上で、坂本龍馬とイギリス(グラバーなど)の関係というようなテーマで書きたいと思っているのですが、なかなか資料がありません。そういった資料があれば教えていただきたいのです。
龍馬とイギリスの関係を示す資料ですが、ご質問が漠然としていますので難しいですが、内容によっては結構あると思います。
グラバーについては調べたことがないので詳しくは分かりませんが、以前たまたま目にしたことがあるのは、『防長史談会雑誌』27号です。長州藩の木戸孝允が船の修理代を龍馬に借りようとしたことがありますが、龍馬も金が無く、龍馬がグラバーに相談したということだったと思います。このお金は、最終的には土佐藩の長崎出張所である土佐商会が貸しました。このことは、岩崎弥太郎の日記である『瓊浦日歴』にも出てくるのではないかと思いますが、龍馬と直接の繋がりは書かれていないかもしれません。しかし、間接的には繋がっているはずです。岩崎の日記なら、"土佐藩"とイギリスの関係が他にも出てくると思います。
同じく、"土佐藩"とイギリスという関係なら『池道之助日記』(『武市佐一郎全集』の中に収録)にも出てくるかもしれません。
あと、資料があるかどうか知らないのですが、近藤長次郎はグラバーの船でイギリスに密航しようとしていましたので、その頃の資料を探せば、亀山社中とグラバーの関係が書かれているかもしれません。
単にイギリスとの関係というならば、龍馬たちはイカルス号水夫殺害事件で大きく関わります。貿易関係ではないので、お探しの資料ではないかもしれませんが、この事件は土佐藩も巻き込んでいますので、資料は土佐藩側にも結構残っていると思います。『山内家史料 幕末維新』などです。あと『佐々木高行日記』や『保古飛呂以』など。それからアーネスト・サトウの書いたものにもこの事件は出ていると思います。
他には、『海援隊日史』や『海援隊商事秘記』はどうでしょう。たぶん直接イギリスを示す言葉は出てないかもしれませんが、イギリスと関係を持っている時期の海援隊の史料ですので、必要な史料かもしれません。これらの史料は『坂本龍馬全集』に載っています。
他には、龍馬たちはいろは丸事件というのも起こしていますが、この事件について、世界の事例を聞き、世界の常識でアドバイスをしてもらうため、長崎にいるイギリスの海軍提督に対面する手はずを整えていました。(慶応3年5月27日高柳楠之助宛て龍馬書簡)
このように色々ありますが、イギリスを扱うとなるとイギリス側の史料も見ないと片手落ちになりますので、なかなか難しいテーマですね。

HPなどで龍馬の写真を使用したい

カテゴリ:その他について

坂本龍馬関連のHPをつくりたいなと思っているのですがHPで龍馬の写真や手紙などを掲載したりするには、どちらに申請をすればよろしいのでしょうか?あと、自分たちで龍馬の名前やサインのはいったTシャツを作りたいっと思っているのですが自分たちで、このようなTシャツをつくっても問題はないのでしょうか?また、オリジナルTシャツやストラップを営利目的で製作する場合には、許可が必要ですが、もし、花押(サイン)や、自分たちでデザインした(習字などで書いた文字)「龍馬」という文字を使用する場合はどのような手順でどこに許可を取ったらよろしいのでしょうか?

龍馬の立ち姿の写真は高知県が版権を持っていて、使用目的によって、高知県立歴史民俗資料館や当館、高知県庁の許可が必要です。(その他の写真や手紙もそれぞれ所有者が版権を持っています。)ただ、営利目的ではないHPやTシャツなどを、個人的に楽しむものでしたら、特に許可も必要はないと思います。ただし、途中で販売するなどの行為がおきた場合は、許可申請が必要になります。また、その写真をとるもの(本やHPからでしょうか?)によって無断転載禁止とあれば、そこに連絡して確認を取って下さい。また、龍馬という文字を独自に作成して使用する場合は許可は必要ないです。龍馬の筆跡に似せた文字を作成してもコピーでなければ大丈夫です。龍馬の直筆の手紙からそのままコピーする時は、その手紙の所有者に確認するようになります。もし当館のHPから写真をコピーするようでしたら一度ご連絡下さい。
通常、どこかの会社や団体などが使用する場合は、使用の許可申請を行っていただき、内容を検討した上で使用を認めております。しかしながら、個人に対してもそれを行うことは極めて困難なのです。どういう内容のホームページで、どのような使い方をするのか判断しなければなりませんし、ホームページは一時のものではありませんので、今後変更なされる内容をチェックする必要もあります。龍馬を扱った個人の方のホームページは大量にあり、写真を載せているものもたくさんあると思います。それらの内容をすべてチェックすることは困難ですし、たまに当館のホームページからの無断転載と分かるものがあっても、営利目的でなければ特に何も規制しておりません。したがって、正式に許可申請をされても、上記のように内容を恒常的にチェックできないなどの理由から、個人の方に許可を出すことは難しい(例外はあります)です。現状では、個人的な目的で使用するものに関して、当館は関知しないということです。
ホームページというものは、個人的な目的で作成しても全世界からアクセス可能という点では、個人に留まらないものですが、それでも内容が良識に基づいたもので、営利目的などでなければ、関知しません。

当館の暦の表示について

カテゴリ:その他について

坂本龍馬の、生年月日につきまして、御サイトの龍馬の年表(English Pageも同じ)では、「1835(天保6)年11月15日、郷士坂本八平直足の次男として本町筋に生まれる。」となっています。多くの歴史書や事典類、年表などでも、坂本龍馬の生年は1835年とするのが慣行のようですが、しかしながら、坂本龍馬の生没年月日は、正しくは天保6年11月15日(1836年1月3日)-慶応3年11月15日(1867年12月10日)であり、坂本龍馬の西暦の生年は1836年と記述すべきであろうと思います。かようなことは、あるいは、ご承知の上かとは存じますが、坂本龍馬の生年の西暦表示について、御サイトのお考え(方針など)をご教示下さい。

西暦表示についてですが、確かにご指摘の通り、本来は天保6年11月15日(1836年1月3日)-慶応3年11月15日(1867年12月10日)と表記する方が正しいと思います。
当館でもそれは以前から認識しておりますし、天保6(1835)年11月15日と表記することに違和感も感じておりました。龍馬の生誕の月日だけを西暦に直し、年号もそれに合わせて1836年とすることは簡単ですが、龍馬の生誕日以外にも年月日は沢山出て来ます。それらをすべて西暦に直すのは大変なので、龍馬の生誕日や命日だけを正確な西暦に直すことは行っておりません。
現在の当館の表記は、和暦が西暦でだいたい何年なのかが分かれば良いと捉えており、一般の方が混乱しにくいように天保6年=1835年と表記しています。暦の問題は西暦と和暦の問題や、元号の変わり目など正確を期そうと思えば複雑になり、一般の方が混乱をする可能性があるため、単純な表記にしています。全ての教科書を見たわけではないですが、歴史の教科書も和暦と西暦は単純な変換になっていると思います。当館も教科書と同じように表記するようにしています。
個人的には、この表記の仕方が本当に良いのかというと、始めにも書きましたが、違和感を持つ場面も何度か有り、複雑な気持ちです。例えば、龍馬の生誕日や命日は、一般の方は秋のイメージがあるかもしれませんが、実際には冬です。また、龍馬は数え年の33歳で亡くなっていますので、よく『龍馬の33年』のような題名の本が出ています。しかし、実際には31年と11ヶ月ちょっとの人生なわけですので、かなり変わってきます。ご指摘のように表記すればそんな誤解はなくなるかもしれませんが、一般の方にとっては複雑にもなります。なかなか難しい問題ですので、分かり易さを優先しています。

龍馬と名のつくもの

カテゴリ:その他について

現在坂本龍馬について調べています。龍馬についてといっても、歴史ではなく、「現在の龍馬」です。例えば、お土産物や博物館、ひいては温泉や空港まで、龍馬と名のつくものならどのようなものでも知りたいなと思っております。また他の施設についての歴史などの資料がございましたら、いつ頃から「龍馬」とつけられたのか教えていただけないでしょうか?高知の生んだ代表的な人物である龍馬が、いつから高知の人々の間で象徴的存在となったのか、教えて下さい。

龍馬についてのご質問ですが、高知県には龍馬や龍馬にちなんだ名前(海援隊や乙女姉さんなど)が付いたものはたくさん有ります。しかし、当館にはそれらの沿革などが分かる資料はほとんどありませんし、私もほとんど知りません。とりあえず、電話帳に載っているものや、私が思いつくものを名前だけ列挙してみます。

「公共的な施設」
1.龍馬歴史館(HPあり) 2.龍馬の生まれた町記念館(HPあり) 3.高知龍馬空港 4.龍馬郵便局
「その他」
5.龍馬不動産 6.龍馬第一パーキング(駐車場) 7.代行龍馬(代行運転) 8.龍馬学園(専門学校) 9.龍馬観光(有)(観光会社だと思います) 10.リョウマコンサルタント(有)(龍馬倶楽部幹事の方が経営) 11.龍馬石材(有) 12.龍馬太鼓道場 13.葬祭会館龍馬 14.龍馬ヘアーサロン 15.龍馬屋(不明) 16.りょうま薬局 17.リョウマン・エコカンパニー(有)(HPあり。龍馬倶楽部幹事の方が経営) 18.米焼酎龍馬の海援隊(土佐鶴酒造) 19.麦焼酎竜馬(菊水酒造) 20.麦焼酎竜馬ロイヤル(菊水酒造) 21.土佐焼酎竜馬(菊水酒造) 22.日本酒龍馬からの伝言(司牡丹酒造) 23.サブレのお菓子龍馬のブーツ(西川屋老舗) 24.龍馬亭松うら(居酒屋)
「その他龍馬にちなんだ名前」
25.さいたにや(喫茶店) 26.かまぼこ乙女ねえやん(永野かまぼこ) 27.米焼酎海援隊(土佐鶴酒造)

すぐに分かるものは以上になりますが、「~龍馬」と後ろに龍馬が付くものは、NTTのタウンページのHPがありますので、そちらでキーワードを龍馬で検索するとまだまだ沢山ヒットします。これらがいつ頃から龍馬という名前が付けられたかはそれぞれにお問い合せいただく以外ないと思います。また、お土産物となるとあらゆるものがありますので、ここには書き切れません。
龍馬がいつから高知の象徴的存在となったかについては、明治時代初期の自由民権運動が盛んになった時期だと思います。詳しくは龍馬に関する図書をお読みください。(飛鳥井雅道著『坂本龍馬』福武書店をお薦めします)また、第二次大戦前の追手前小学校(高知市内)の文集では、男子の歴史上の一番人気が龍馬だったという話を聞いたことがあります。原資料は未確認です。
高知には龍馬に関する名前が付くものが氾濫しており、県民は正直なところ龍馬という名前を聞くと「またかー」とうんざりする人が少なくないと感じております。これは県民性もあるかもしれません。あまりにも龍馬・龍馬と言われすぎるので、普通の人はむしろ龍馬に対する関心は薄いと思います。

NHKアニメ「おーい竜馬」

カテゴリ:その他について

以前NHKで放映されていたアニメ版おーい竜馬は、ビデオで発売されているみたいですが、漫画版同様完結しているのでしょうか?当時テレビで見た分では、後半はストーリーがダイジェストになっていたような記憶があります。アニメ版も声優陣が良かっただけに中途半端で終わっているのが残念でなりません。ずっと気になっていたので、そちらで何か分かっている事があれば是非教えて頂きたいと思います。

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