土佐海援隊発行の「和英通韻伊呂波便覧」

カテゴリ:龍馬について
以前、坂本竜馬が書き残した物の中に英語の発音について書かれたものがあるとテレビで見ました。例えば、竜馬はWATERをワラと読んだなどと紹介されていました。そのことが書かれている書物について教えてください。また、それについて書かれている本などがありましたら、ご紹介よろしくお願いいたします。
当館の展示物の中に、和英通韻伊呂波便覧(わえいつういんいろはべんらん)という本があります。発行は、龍馬もいた土佐海援隊ですが、発行年が慶応4年(明治元年・1868年)ですので、実際に龍馬は出来上がったこの本を見ていないはずですが、作る段階では眼を通しているかも知れません。この本は和英辞典のようなもので、ABCからはじまって、時計の見方、英語のことばなどをいれていますが、morning(朝)を「モネン」、evening(夕)を「エブネン」など、発音記号やふりがなつきで、わかりやすく大きな字で書かれています。なおこの本には、waterを「ワラ」と読む例は出てきませんが、ジョン万次郎の取調べの話に出てきたように思います。

「世の人はわれをなにともゆはゞいへわがなすことはわれのみぞしる」

カテゴリ:龍馬について
「世の中の人は何とも云えばいえ 我がなすことは我のみぞ知る」という龍馬が作った詩、本当の詩はどんなものなのでしょうか?漢字も含めて教えてください。

「世の人はわれをなにともゆはゞいへわがなすことはわれのみぞしる」

なに=何
ゆはゞ=土佐では言うを、ゆうといいます
いへ=ところがこちらは言へとなっています

和歌を書いた龍馬の筆跡はこうなっています。龍馬記念館でも、複製を作っていますが、時折展示しています。原資料は、京都の国立博物館が所蔵しており、国の重要文化財(平成11年4月16日答申「龍馬詠草二 和歌」)の一つになっています。その写真をもとに書きましたので、上の通りで間違いありません。

龍馬愛用の銃は

カテゴリ:展示資料について
龍馬が愛用していた銃は今どこに?
龍馬が所持していた短銃は、紛失と焼失により現存しません。寺田屋事件で使用し紛失したのが、(1)スミス&ウエッソン第Ⅱ型(32口径)弾は六連発で、慶応元年に初めて持った短銃になります。大正2年の釧路大火で焼失したのは、(2)スミス&ウエッソン第Ⅰ1/2型ファースト・イッシュー弾は五連発で、近江屋暗殺の際も、所持していたものです。
龍馬記念館地下2階展示室では、龍馬所持の短銃の模型として、(1)スミス&ウエッソン第Ⅱ型と、(2)スミス&ウエッソン第Ⅰ型(龍馬が死ぬまで所持していた第Ⅰ1/2型とほぼ同じ長さのもの)をご覧頂けます。

ジョン万次郎の所蔵品について

カテゴリ:ゆかりの人物について
館内にはジョン万次郎に関して、どのような資料がございますか。
万次郎関係の資料ですが、現在展示中のものは、「ジョン・ハウランド号」の模型と、万次郎が河田小龍に送った「ABCの掛け軸」(複製)になります。展示していないものでは、「漂流記」・「北亜墨利加漂流記」があります。
また以前『ジョン万・小龍・そして龍馬』という3人を取り上げた企画展を行いました。

館所蔵品について

カテゴリ:記念館について

常設展示品のページを見ましたが、複製品が多いのですが、実際、龍馬が持っていた、使っていた、着ていた、手紙など、複製ではない、ホンモノはどういったものが何点くらい展示してあるんですか?

当館は龍馬直筆の手紙を、寄託・長期借用資料も含めて次の4点を所蔵しています。
姉・乙女、姪・春猪宛て、文久3(1863)年秋頃『天誅組の敗北を嘆く手紙』
姉・乙女宛て、慶応3(1867)年4月7日、通称『海援隊隊長就任直後の手紙』、
兄・権平宛て、慶応3(1867)年6月24日、『吉行のお礼といろは丸事件の手紙』
陸奥宗光宛て、慶応3(1867)年11月13日、通称『暗殺二日前の手紙』 です。
その他、海援隊約規の真物や複製や写真などで手紙は28点所蔵しており、これらを多少の入れ替えを行いながら展示しています。
地下2階では現在63点の資料や写真、パネル類などを展示していますが、中心は龍馬の手紙であり、直筆・複製取り混ぜて、常時18点前後を展示しています。龍馬の手紙は、古文書を読めない一般の方々にも"ご覧いただく"だけでなく、"お読みいただく"ための展示を心掛けているため、手紙の下に、読み下し文、現代語訳、時代背景や内容の解説というように、4段構成で展示を行っています。
直筆の手紙は内容が重要なものばかりなので、常時展示を行いたいところではありますが、保存を考えるとそれは不可能なので、すべて複製を作り、通常は複製を展示するようにしています。
龍馬直筆の書簡は、毎年11月15日前後の1ヶ月と、気候が良く、来館者の多いゴールデンウィーク前後の1ヶ月に限って展示していきたいと考えておりますので、ご理解いただければ幸いです。
龍馬の手紙は現在139点確認されていますが、その中には、今では所在が確認できない物が多数あります。所在が確認できる物も分散して所蔵されており、最もまとまって所蔵している所でも8~9点が最高です。しかもそれらは、京都国立博物館や宮内庁書陵部のように常設展示をしない所であったり、個人の方の所蔵であります。
京都国立博物館の手紙は、5mの手紙以外はすべて複製させていただいており、当館で見ることが可能ですが、各地に分散している龍馬の手紙は、特別展でもない限り、まとめて一ヶ所で見ることは不可能です。常設展示している所でも多くて5点以下です。それを考えると、複製とは言え、常時18点前後の手紙を見られる当館は、一応意義を果たしているのではないかと自負しております。
龍馬は非常に人気の高い人物で、所蔵者が資料を手放すことは考えにくいため、今後も複製による資料充実を中心に考えています。それと同時に、未発見の資料や再発見の資料の調査も進めております。
龍馬の直筆の手紙は4点ですが、この他当館には、万国公法や海援隊の英語辞書的な和英通韻伊呂波便覧、いろは丸事件始末、才谷屋の年譜書などの龍馬関係資料を所蔵しています。
なお、紋付や血痕のある屏風、掛軸、三徳、吉行の刀などの本物は京都国立博物館に所蔵されています。ピストルの本物は現存しておりません。

地下2階展示室の複製資料について

カテゴリ:記念館について
地下2階展示室に展示されてある複製の展示物は、京都国立博物館に行けば現物が見れるのでしょうか?
龍馬の資料(本物)は、当館に保存しているものもございますが、多くは京都の国立博物館にあります。残念ながら、国立博物館では常時展示はしておりません。国立博物館については当館リンク集からHPを見る事も出来ますし、企画展などの機会に問い合わせてみて下さい。
また当館では複製にはなりますが、龍馬関係の資料を多くご覧いただけるのではないかと思います。

記念館に龍馬の刀はありますか

カテゴリ:記念館について
坂本龍馬記念館に龍馬の所持していた刀はありますか。
残念ですが、龍馬の所持していた刀は所蔵していません。龍馬は刀について関心があり、コレクションしていたようで権平兄さんによく刀をわけてほしいとねだっていました。

龍馬の所持していた「吉行」は、龍馬が兄権平(ごんぺい)に慶応2年12月4日の手紙で送って欲しいと頼み、権平(ごんぺい)がたまたま土佐を訪れた西郷に頼んで龍馬に渡してもらった刀です。この刀は暗殺された時床の間に置いてあり、それを急いで取り、鞘をはらうひまもなくそのまま敵の刀の切っ先が額を切り込み致命傷となりました。