江戸時代の郵便について

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龍馬は生前に、たくさんの手紙を送りましたが、当時は現代の様に郵便が発達していなかったと思います。当時、龍馬は飛脚を雇って手紙を送ったと思いますが、京都から土佐まで、江戸から土佐まで、それぞれ手紙が届くまでどれ位、日数がかかったのでしょうか?また、それぞれ手紙一通分の値段はどれ位かかったのでしょうか?現代では、一通五十円で日本全国に葉書が送れますが当時は徒歩で郵送するのですから、やはり距離によって値段も違ってくるのでしょうか?

京都から土佐まで、江戸から土佐まではどのくらいかかるか。これは、歴史研究家の広谷喜十郎先生にうかがいました。それによりますと、
江戸からは、
●至急便(公用便)で、4日(昼夜走りっぱなし)、5日(昼夜走りっぱなし)、7日(それよりはすこしゆっくり)
●普通便では、半月くらいかかったそうです。
また、
●船に乗る人にたのむ方法
●公用便に便乗させてもらう方法
●大阪、土佐では、定期の船便があり、それにたのむ方法
などがあったということです。
「ささおくり」といって、笹の葉が枯れないうちに送るという至急便もあったそうで、面白い呼び名ですね。
いずれにしても、1人の飛脚が全部の道を1人で走るのではなく、駅(中継ぎ所)でリレーをして届ける。夜は灯りをつけて走る。もっと急ぐものは馬で走るでしょうが、いずれにしても四国へは船で渡らなければなりません。この時間を入れて4、5日とすれば、大変早いことになります。料金は貧しいものには手がとどかない制度だったので、公式のものは高かったのでしょう。「応急の手当で」という書き方をしているので、「それなりの料金」でたのむこともできたと思います。
料金について何両というように具体的には広谷先生もわからないそうです。