龍馬と川島家と田中家

カテゴリ:ゆかりの人物について
学習研究社発行の歴史群像シリーズの第23「坂本竜馬」の37頁に、仁井田の川島家や坂本山の田中家へよく遊びに行った、とありますが両家は坂本家とはどのようなつながりが有ったのでしょうか?又そこまでの距離や子供の足でどのくらいの時間がかかったのでしょうか?
「川島家」は龍馬の二人目の母(継母)の伊与の里にあたるところで、坂本家とは前々からつきあいのあった家で、伊与が後添えとして坂本八平の後妻となったのもその縁からです。川島家の当時の当主伊三郎は、「ヨーロッパ」という呼び名もあったくらいの外国通で、世界地図など海外の資料を豊富に持ち、龍馬もそれを見るのを楽しみによく通ったといわれています。高知城下からその辺りまで手漕ぎの船で30~40分くらいでしょうか。湾の眺めもよい航路です。
田中家は坂本家の山や領地の管理をしていた人で、当主は当時良助といい、龍馬より16才年上でした。多趣味な人で鉄砲も扱い龍馬のよき兄貴分だったでしょう。萩の久坂玄瑞に会いに行く文久2年10月14日、ここで旅費として2両借りたことが今も残っている証文で明らかです。