沢村惣之丞について |
カテゴリ:ゆかりの人物について |
1、沢村惣之丞について教えてください(家族構成とか誕生日とか、くわしく教えてください) 2、彼の生まれた潮江村は、現在の高知県のどのへんなのか教えてください。 |
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沢村惣之丞についてのご質問ですが、調べてわかった範囲でおこたえさせていただきます。 1、生年月日・・・1843年(天保14年)生まれ。家族構成・・・わかりませんでした。 2、潮江村・・・現在でも、潮江(うしおえ)地区として残っています。はりまや橋から南の方角になります。 沢村惣之丞(さわむらそうのじょう)・・・1843年(天保14年)~1867年(慶応4年1月15日)。土佐国土佐郡潮江村の出身。土佐藩士。名は延世、惣之丞は通称。 文久元年(1861)8月に結成された土佐勤王党に加盟する。 文久2年(1862)3月上旬、吉村虎太郎に同調して脱藩するが、同志の説得の為に引き返し、24日龍馬を従えて再び脱藩する。 文久3年(1863)軍艦奉行並・勝海舟門下となった龍馬が上京すると、誘われて海舟の門人となり神戸海軍操練所に入って英語・数学を修めた。以後、海援隊に至るまで龍馬と行動を共にしてよく補佐し、長崎時代に関雄之助と改称した。 慶応4年(1868)1月海援隊を率いて長崎奉行所を占拠するが、誤って薩摩藩士を殺害。その責任を負って自刃して果てた。享年26歳。お墓は、長崎市筑後町本蓮寺。 |
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