河田小龍とジョン万次郎について

カテゴリ:ゆかりの人物について

1.河田小龍について藩の絵師とありましたが、藩にはおかかえの絵師が存在したのか、どのような仕事をするのか、何故なれたのか。
2.ジョン万次郎について鎖国中なのに何故帰国できたのか。小龍とはどうして、会い話したのか。

1.河田小龍について
仕事は土佐藩の船の担当である船役人でした。絵の方も本業ではありましたが、藩お抱えの絵師ではありません。

2.ジョン万次郎について
この頃1851~52年頃はやや緩やかになっていたと思います。最初琉球(沖縄)に上陸したのも、その辺の事も考えていたと思います。そこでの取り調べで、船の知識、アメリカの事など、当時未知の世界だった事を詳しく知っている万次郎は、貴重な存在になるはずですから、そのことが薩摩に伝えられた上で調べを受け、さらに長崎でも吟味を受け、1852年に土佐に戻るので、もうそのころはめずらしい話を聞き、参考にするところまで行っていたでしょう。小龍に預けられたのは、小龍が蘭学をやっていた事と、新しい事に関心を持っていた事などで、まさに人を得たというべきでしょう。絵も描けるしメモにも強い人でしたから、漂流記をまとめる事が出来たのです。