龍馬の所持品について |
カテゴリ:龍馬について |
龍馬は靴や最新式の拳銃を所持していたといいますが、どのようにして彼の手に渡ったのでしょうか。また、拳銃の使い方は、外国人から教わったのですか、それとも書物で読んだのか、日本にあった鉄砲と同じような使い方だったのでしょうか。 |
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龍馬の所持品についてですが、靴も拳銃もいつどこで入手したか、明確には分かりません。靴につきましては、長崎で入手した可能性が一番高いのですが、残念ながら資料としては残っておりません。拳銃につきましては、薩長同盟締結後、寺田屋で襲われた時の様子を木戸孝允に知らせた書簡[1866年(慶応2年)2月6日]の中で、「かの高杉より送られ候ビストールを以って打ち払い」とありますので、高杉晋作から貰ったものだと分かります。しかし、その時の戦闘の最中に弾倉を落としてしまい、拳銃もその場に捨てたようです。高杉晋作には、薩長同盟締結前の1865年(慶応元年)に、下関へ行った時に会ったと考えられますので、その時にピストルを送られたのではないかと推測されています。その後、龍馬は寺田屋で受けた傷の保養を兼ねて、薩摩へ新婚旅行に行きますが、「短筒(ピストル)をもちて鳥をうちなど、まことにおもしろかりし。」[1866年(慶応2年)12月4日]と乙女姉さんに報告していますので、すぐに代わりの拳銃を入手した事になります。その入手先は残念ながら分かりません。拳銃の使い方をどこで習ったかもはっきりとは分かりません。 |
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